それぞれの心
昨日は投稿できず申し訳ないです。
仕事の関係で投稿間に合いませんでした…。
今週どこかで二話投稿しようと思いますので、ご勘弁を!!
ベルトリアは寝入ってしまった。せっかくの武術大会後の休暇をこのような形で、負担を掛けたのは良くなかった。まだ彼女は年齢二桁にもならない子供なのだ。
「父様…」
書斎に入って来たのはルーファスで、彼も引き攣った顔をしている。
「…アレン君は落ち着いたかい?」
そう尋ねると小さくだが頷いて肯定する。アレンに絡みついている魔を祓うため、子供達に手伝ってもらったはいいが思いの外抵抗が強く完璧には浄化できなかった。彼の心に沁みつく闇は、他者からは消せない物なのかもしれない。
それになによりベルトリアだ。私の天使は人を助けられない自分にショックを受けたらしい。どうやら自分ならどうにかできるという、小さな驕りがあったようだ。先日のエリオット少年で堪えていたそれが、ここに来て助けられないという事実に打ちのめされているのだ。慢心に似た驕りはいらないが、今のあの子は精神的に不安定だ。それに気が付かないで追い込んだ自分が憎たらしい。
「…トリアは?」
「今は寝ているよ。…突然倒れるなんてどうしたんだろう」
「武術大会からの流れだろう、エリオット少年を助けたけど自分の驕りに気が付いた。そこで今回完全に浄化できなかったことに、あの子はショックを受けたんだ」
そう言うと息子が目を見開く。
「どうして?そもそも浄化できる今が可笑しくて、普通は出来ないもの。祓えなくても小さく出来たのなら素晴らしいじゃ…ああ、だから驕りですね」
ルーファスはそう言うと小さく溜息を吐いた。
「あの子は中にリョウカの魂もあるから、大人のような行動をとったんだよ。あの子は何ともないという顔をして、我慢が出来てしまう子だ。注意していかないとね」
「…そうだね、父様」
「それに、あの子の中で“浄化は出来る”という固定概念があるみたいだね。出来ない前提のこちらとは違うんだ」
私がそう言うと息子は少し悔しそうに俯く。私も大概だが、この子も年の離れた妹を可愛がっているのだ。まだ子供、されど一個人。私の息子は立派に育ったと思っていたけど、まだまだ成長の一途にある。
「ルー、来なさい」
私が愛称で呼ぶと、彼は訝しげに顔を上げ近くに寄って来た。それを悪戯な笑顔を浮かべて抱きしめてみる。
「と、父様!?」
ルーファスは狼狽え離れようとしたが、意地でも話さないつもりで笑って腕に力を籠める。大人になったつもりの可愛い息子に、これくらいの意趣返しは許されるだろう。
腕の中で溜息が聞こえ、大人しく抱きしめられる息子は小さく笑った。
◇◇◇◇◇
目の前でベルトリアが倒れた。その途端のアルベルトの顔は試合の時とは比べ物にならないくらい、焦りと驚きと、人間らしい感情に溢れていた。突然力の抜けたように座り込んだ彼女は空を見つめて、僕の事をじっと見つめてきた。
そして、あの言葉を言った。
僕が拠り所にしていたのは小さい頃に、一度だけ会った母親から貰った言葉だ。とても悲しそうに辛そうに、僕を見つめながら出入りが禁止されている別邸に父親が居ない間に来たのだ。日々の実験と称した魔法の訓練に、僕の心がすり減っているのが目に見えたんだろう。
見た事もなかった女性が母親であると告げ、泣きながら抱きしめてくれたのだ。あれは何だか嬉しかった。その時にもらった言葉だ。
『強くなりなさい、笑いなさい。自分を守るために』
母親はそう言うと父の帰宅を知らせる使用人と一緒に、逃げるように別邸を去った。そしてそのまま来なくなった。領地に帰されて屋敷に閉じ込められているという話だ。僕の事を気にかけたせいで、母親は家から追いやられた。その事で僕は他の兄弟から不興を買ってしまったらしい。でも表立ってそれを言われることはない。彼らも父親の興味という魔の手から逃げたいのだと分かっているから、頑張って盾になっている。いつか、家族として受け入れて貰えたら、と願いながら。
今日の出来事を顧みる。自分の事について詳しく話され、心は追い付かなかったけど頭は理解した。そして納得もしていた。だからね父親の興味が僕に一点集中なんだと、苦笑いも出てくる。そして同時に自分の中にある仄暗い何かにも、納得してしまった。今の状態は武術大会でのエリオットと、同じ事なのだろう。家族に対する感情の蓋が取れてしまえば、あとは燻った何かが溢れようとしてくるのは時間の問題だった。どす黒い何かが胸の中を蠢こうとしていたんだ。
逸早くそれに侯爵が気が付いてくれてベルトリアとルーファス先生が魔法を施してくれた。彼らの膨大な魔力を使っても、浄化は出来なかったという僕の闇はすっかり形を潜めた。これで浄化出来ていないなんて嘘だ、というくらいには心の奥が晴れやかだった。ここまでスッキリしているのは生まれて初めてだ。
顔を上げるとふらついたベルトリアと、疲れ切ったルーファス先生が見えた。だけど浄化出来ていない事を確認したベルトリアは空を見つめて固まった。この状態に身に覚えがあった。彼女は自分を責めているのだ。そのうち綺麗な瞳に光が無くなり打ちのめされた様子になる。何故だかその状態の彼女を見ても、何の感情も浮かばず、じっと見つめるだけになってしまった。だけどそんな僕に彼女が呟いた。
『何で泣いてるの…』
どうしてだろう、僕は泣いてなどいないのに。
どうしてだろう、彼女に対して何の感情も抱いてなかったのに。
何だか本当に、泣きたくなったんだ。
コロナが怖いですね…。
私はこういう時に忙しくなる仕事をしている為、日々手洗いうがい消毒を心掛けています。
皆様もお気をつけて!