闇は心に
「…武術大会の時、配布されたアイテムは対魔のアイテムだった、で間違いないない?」
アレンは徐に口を開くと私を見る。私は頷いて答える。
「ええ、先輩。私が魔法陣を考案して作り上げた道具です。魔に対する浄化を込めて作りました」
私がそう答えるとアレンは小さく笑って、ポケットから魔道具のあのバンダナを取り出した。
「これがあると、衝動的に何かをどうにかしたいという感覚が減るんだ。自分で抑えられる範囲になる」
「抑えられる範囲…」
通常魔族に変わる人間は、その欲求に耐えられない。だからこそ魔族に落ちるのだ。だが彼は、その因子を持ちつつも今まで耐えてきているのだ。すっかり浄化出来るつもりで作り上げた魔法陣が、実際に深く魅入られて耐えてきたアレンには抑えられる程度の効果しかないのだ。
「今まで何度も何かを仕掛けたい衝動に駆られ、それを仕掛けると怪我や人死にがでるって我慢したんだ」
アレンはそう言いながら段々と狂気的な笑顔を浮かべる。そして瞳孔の開いた眼で自分の両手を見つめている。今まさに耐えているように。そして彼の手にはバンダナが握られているのに。
「自分で耐えている。それが妖精の感覚では有り得ない。楽しければいいのだよ、享楽的な存在なんだ妖精ってのは。それを君は自分の意思で耐えて人間であり続けようとしている」
お父様はそう言って私に目配せをした。私は頷いて両手に光魔法と聖魔法を練り上げる。何とか衝動と戦っているアレンにはそれは見えていない。
「理性は無くしてはいけない。冷静になれなければ魔法をコントロールするなんて不可能だ」
彼はそれだけ言うと、震える手を握り込む。その手にピリピリと電気が走りながら、彼は無言でそれに耐えている。
「そうか…。ルーファス、ベルトリア、彼を助けて見せなさい」
お父様がそう呟くと、目の前にお兄様が姿を現した。光魔法を使って光を乱屈曲させ姿を晦ましていたらしい。その両手には私と同じ魔法が展開されている。その手を見て、お兄様と目を合わせる。互いに頷いてアレンに向き直った。
「アレン先輩、今から浄化を掛けます」
私はそう呟くと、にっこりと笑った。その横でお兄様も同じように笑う。
「これは成功するとは限らない。バンダナよりは確実だがね」
私達は目を合わせると、両手をそのままアレン向けた。私達の手から光魔法と聖魔法が光を放ち、それをアレンの身体が吸収するように吸い込んでいく。まるで求めていた何かを貪る様に、彼は私とお兄様の魔法を食らいつくした。
光がおさまった時に目の前にいたのは、憑き物が落ちたような顔をしたアレンと疲れ切った私達兄妹だった。
「私の子供達でも疲れ切る程の魔法を必要としたか…」
お父様はそう言って顎に手を当てて考え込む。私は一気に使った魔法のせいか目元が揺れ、バランスが上手く取れない。咄嗟にアレンが私を支えてくれ、そのままアルに渡してくれる。
「トリア…」
アルが心配そうに私の顔を見つめる。私はアルの腕の中で改めて、自分を鍛え直すことを決意する。
「もっと鍛えるね…。こんな魔法は出来ても体がフラフラじゃ意味ないもん」
「…馬鹿だな」
アルは私の言葉に苦笑いをして、そのままお兄様を見つめる。お兄様もすっかり椅子に倒れ込むように座って苦笑いをしている。
「僕も人を笑えないね…。彼の浄化は完全には出来なかったしそれでも僕とベルトリアの魔力を、こうもごっそりと持って行かれてはたまらない」
私とアルは精眼でアレンを見つめる。彼の心に、魂に絡みつくように混在していた闇の魔力は奥にくすぶる程度に小さくなっている。完全には祓えなかったのだ。
私は自分の力が抜けていくのに抗えなかった。何とも無力だ。馬鹿みたいな魔力を持っていても、知らない魔法を血の知識で使えたとしても、私は人を一人救えないのだ。
頭の中にエリオットの顔が浮かんでくる。彼の闇は完璧に祓えたのだろうか?私はこれから開花するかもしれない予測不能の種を生み出しただけではないだろうか。それならいっそ開花させた方が、皆の身を守るのには役立ったのかもしれない。でも今人間彼が人間として生きているのは、助けることが出来たからだ。でも中途半端に苦しめているのも私だ。
頭の中に色々な光景が浮かび、良い面と悪い面を私に交互に突き付けてくる。それ武術大会での事だけでなく、この世界に産まれてからの些細な事、前世のことも含んでいる気がする。
私は自分がサロンに居ることも忘れ、目の前に次々浮かんでは消えていく後悔の場面を繰り返し見せられる。そこに誰かの魔力が干渉している訳ではなく、私自身が見せているのだと分かっている。でも、それを止められない。
目の前がチカチカするまま、私は自分の目の前に繰り広げられる前世を含めた過去の後悔に責められる。これは自分が見せた幻覚だと分かっているのに、自分で止めることが出来ない。そして自分にしか見えていない世界でもある。
突然宙を見つめて固まった私の事呼ぶ声がする。アルの声、お兄様の声、お父様の声。アレンは黙ってこちらを見つめている。
私は自分を責める世界に重なりながらも、周囲を認識していた。周りが私に声を掛けてくるのを無視して、そのまま黙って私を見つめるアレンに向き合った。その瞬間自分を包む後悔が加速したように感じた。
「――――…。」
私は自分の口から何か大切な言葉が零れた気がした。でもそれが分からない。
目の前のアレンが目が裂けそうなほど見開いて私を見つめている。何だか彼を手放してはいけない気がして、そちらに手を伸ばそうとして意識が消えた。