秘密は秘密?
「アレン先輩、一つ質問があります」
私は真っすぐに彼を見据える。彼はぶれる事無く私を見返し、微笑を返してくる。彼の瞳はやっぱり精眼を湛えていて、彼の青色の瞳がサファイアの様に不思議な輝きを放っている。
「質問って?」
アレンが先を促し、私は口を開く。彼の態度から言って、彼に混ざっているのは妖精で間違いない気がする。というよりも精霊はあまり人に憑かない。妖精は悪戯として人に憑いてしまうのだ。
だけど、何だか違和感がある。妖精憑きであると思いはしたけど、それだけではない何かがある。
「先輩は妖精憑き、ではないですね?」
妖精憑きで間違いないか、そう確認しようとして辞めた。違う、そうではないのだ。彼は妖精憑きじゃなくて、私達サンティスと同じだ。
「あれ、バレちゃった?流石サンティスだね」
アレンは驚いたように目を開くと、こちらを感心したように見据えてきた。
「そうだね、僕は妖精憑きではなくて妖精の血を引くよ。母親が雷の妖精らしい」
「らしい、とは?」
「…それを話すとなると、僕は学校には居られないかもしれないけど、聞く?」
彼はそう言って、こちらを試すかのような視線を送ってくる。私とアルは目を合わせて、互いの顔を見て意思を確認し合った。
「それではこちらの保護者を呼びましょう。先輩に害がないようにします」
私が先輩の問いに答えず話を進めようとして、アレンは目を今度こそ見開いて驚いた。
「僕の立場は無視かな」
「いいえ、むしろ保護の為でしょう」
私はそう断言すると手を挙げ、その場で魔法陣を空間に描く。今から呼ぶのは水の妖精、ひいては水の妖精王だ。真面目な彼ならきっと今もこの場を監視しているだろう。
「でも、先輩に一つ質問があります。ご実家は、大切ですか?」
私は魔法陣を起動させる前に、先輩をじっと見つめてそう聞いた。彼は驚いた顔をさらに引き攣らせる。
「何を言ってるのかな…」
彼は誤魔化すようにいつもの優しい微笑みを浮かべる。私はにっこりと意識して笑顔を作り上げる。お母様そっくりの冷たい笑顔を。
「心当たりはあるでしょう?」
私が確信をもってそう聞くと、彼はひゅっと息を飲んで石のように固まった。その間にアニーがその場に居た妖精に飴を一つ渡し、伝言を頼んでいる。お父様に連絡をする為だ。
アレン先輩はそれにも気が付かない様子で、じっと私を見つめて固まっている。
「…さあ、僕にはそれは分からない。貴族としての誇りに、…いや、そんなものはない」
やっとのことで口を開いたアレンは、若干息苦しそうにそう言うと色の無い顔で私を見る。彼の瞳に浮かんでいるのは、何とも言えない悲しい色であり、憎悪を混ぜた色であり、愛に満ちた色でもあった。
「この家名に誇りなんてない。そんなものを抱いたこともない。でもそれが僕に与えられた生きる理由で、言い訳になっていたんだ。…ねえ、ベルトリア。僕はどうすればいいだろうか」
彼はそう言うと、今にも泣きそうな顔をした。その顔は年相応の少年の顔だった。子供であることを捨てる貴族の顔ではない。私は安心して息を吐いた。そしてそのまま魔法陣を起動させ、そちらに視線をやる。いつもは下位の妖精を介して妖精王を呼ぶが、そこには既に水の妖精王が居た。
「聞いてましたよね?妖精王」
「…聞いていたとも」
私が口を開くと王はそう答え、苦々しい顔でアレンを見つめていた。アレンは突然現れた妖精王に驚いた様子で、目を瞬かせている。
「私は水の妖精王だ。お前の事は、産まれた時から知っている」
水の妖精王はそう言うと、ちらりと私に視線をやった。ここでは話せないという事だろう。ふわりと目の前に風の妖精が現れ、私に手紙を渡すとクスクス笑って消えた。手紙を開くとそこには、お父様の見慣れた文字があった。
「お父様が呼んでます。一回サンティスの屋敷へ行きましょう」
私がそう言うと、妖精王はニヤリと笑う。アルは溜息を吐いて、アレンの方へと向かう。私はアニーを手招きして呼んで、そっと彼女の手を繋いだ。
「王、お願いします」
「任せたまえ」
彼はそう言うと私達を水の球に包んだ。一瞬ひやりとした感覚が体に触れ、気が付いた時にはサンティスの前庭についていた。
「…なっ!?ここは!?」
アレンが戸惑いの表情と、現在何が起きたのか分かっていない顔で周囲を見渡す。
「ここは私の家ですよ、先輩」
私がそう言うと彼は目を零れんばかりに開いて、屋敷の入り口に目をやる。そこには既にお父様が仁王立ちして待っている。
「お父様!」
私が声を掛けると、お父様は笑顔でふわりと私を抱き上げてくれる。そうです、動けないんです私。
「可愛いベルトリア、昨日はお疲れ様。動けないだろうからお父様が抱えてあげよう」
「ありがとう」
私はそう言うとお父様に笑顔を向けた。蕩けんばかりの父親の顔に引き攣りながらも、水の妖精王、アレンに視線を向ける。
「応接室がいいかな、それとも精霊の樹がいいかな」
私の呟きに妖精王が堪える。
「樹が見える部屋が望ましい。すぐ傍でなくてもいい」
彼がそう言うと、お父様はウィルを呼びサロンへと向かう。戸惑いから置いてけぼりの状況のアレンに、お父様が振り向きながら声を掛ける。
「安心しなさい、君に罪はない。罪があるのは野心に塗れたお前の父親だ」
お父様がそう言うと、今度こそアレンは動きを止めてしまう。アルは苦笑いをしながら彼の背を押して歩みを進めるのだった。