彼の秘密
武術大会後、選手に選ばれていた生徒たちには特別休暇が与えられた。今日から二日間、すっかりオフである。一般生徒はこの二日間で決闘の補修が行なわれるらしく、アリアが死ぬほど嫌そうな顔でろいすに引き摺られていった今朝を思い出して笑いが零れた。
アレンの優勝で幕を閉じた中等部の武術大会。私達は自分が八歳という年齢を加味しても、速すぎる展開に溜息が零れる。
ゲームをしていた時はこんなもんか、なんて思っていた自分が馬鹿らしい。この大会は以前で言う運動会みたいなものなんだと無理矢理納得する。こうして筋肉痛の自分の身体を引き摺って、ベッドから落ちるように起き上がる。
「お嬢様!?」
アニーが弾かれたように私に駆けよって、立ち上がれない私を助け起こしてくれる。昨日の雷を受けたせいか、足に電気を走らせたせいか、全身の筋肉がびくびくと痛みが走るのだ。癒しの魔法が使えたらそれで解決するかもしれないけど、魔法で解決した筋肉痛は自分の身体の強化には役立ってくれないようだ。
「お嬢様、何で急に動かれたんです!治癒の魔法を受けなかったんですから大人しくしてください」
アニーの心底慌てた声で少しだけ反省する。
「ごめんね、アニー」
「口だけなんですから、少しは反省してください」
私があまり反省していないことまですっかりバレているけど、まったく気にはしないでアニーはホットミルクを作ってくれる。それを受け取って私はソファに腰を下ろした。ゆっくりとほんのりと優しい甘さを楽しんでいると、どうやら来客があるらしくアニーに簡素なワンピースに着替えるよう促された。
渡されたそれは白地に薄緑の刺繍が入ったものだった。腰のあたりは同系色のリボン型のベルトで占めるらしく、ゆったりとした作りが何とも神秘的である。
ホットミルクを楽しんで、一息ついた私はアニーによって着飾られ、体の痛みに動けずにソファに舞い戻った。
座ったままの私にアニーが小さく笑って、ソファで私の髪を梳き手早く編み込んでいく。ハーフアップに結い上げられ、編み込みが可愛らしく頭を飾る。準備が整った頃に部屋の戸がノックされる。出迎えたアニーと共に戻ってきたのは、アルとアレン先輩だった。
「疲れからか座ったままでごめんなさい。どうぞ、座ってくださいな。」
私は二人を笑顔で迎えると、二人は小さく笑ってアルは私の隣に、アレンは向かいに腰掛ける。
「アルはこっちなの?」
「今日はこっちだな」
「という事はそういう事?」
「そういう事だな」
私とアルは小声で会話をすると、同時にアレンに視線をやる。アレンは出された紅茶を美味しいそうに飲んでいる。
「突然ごめんね、ベルトリア」
アレンがそう言って私を見て微笑む。アレンはこうして改めて見ると整った見目をしている。地味に見える容姿は彼の仮面の一つなのかもしれない。
「大丈夫ですよ、それでどうされたんですか?」
私は会話を楽しむ時間を置かずに、不躾に本題を切り出す。体が疲れているのもあるけど、このまま切り出さないと延々とお茶の時間が続くのが予想されたからだ。
「全く、せっかちだなあ」
アレンはクツクツと笑うと、手に持っていたカップをそっと置いてこちらに笑顔を向けた。アルは訝し気に少し警戒をして、気持ち浅くソファに座り直す。そんな事をしてもアレンには無駄だろうけど。
「僕からは質問が一つ」
彼はそう言って指を一本立てる。すぐ傍でアニーが臨戦態勢に入ったのが何となく分かった。指を一つ立てるだけで彼は、エルフの血を引くアニーに警戒されているのだ。サンティスの使用人に、戦闘指導されている使用人に十歳の少年がだ。
「どっちについたら僕は楽しいと思う?」
彼はそう言うと、私達に悪戯な視線を送って来た。彼の瞳に揺れるキラキラとした揺らめきは、精眼だ。
「楽しい…ですか。アレン先輩は人の生き死にをどう感じますか?」
私は質問には答えず、問いを返す。アレンは首を傾げると何か考える仕草を見せる。
「…二年前、優しかった祖母が死んだ時に“こんなもんか”と、そう思ったんだ。悲しくない事はなかったけど、何とも呆気なく簡単に散る命。だからこそ楽しみを求めるようになった気がする」
彼はそう言うと少し寂しげに笑った。彼はきっと寂しかったのだろうか、そしてそれを埋めるように刹那主義になったのだろう。
そう言えばゲームでは、アレンなんてキャラクターは出ていなかった。いや、出ていたか。魔とそうでない者の間に挟まれて、彼は享楽的に行動するキャラクターとして出ていた。アドベンチャーモードで白の乙女の敵として描かれたことはなかったけど、味方として描かれてもいなかった。
つまりここが、彼のターニングポイント。
彼は妖精憑き、もしくは精霊憑きだ。そしておそらくそれを家族にも秘密にしているのだろう。その為魔法の行使に言葉を使うんだ。自分の本質を掴めていない少年。非常に力を持った、精神的に不安定な存在。
私は彼の目を真っすぐに見つめた。