武術大会21
今からいよいよ、アレン先輩とアルベルトの試合が始まる。私は控えの間の応援席から舞台を見つめる。そして隣にはシリウスとロイス、アリアが揃って座っている。不正防止のために他生徒の入室が禁止されてはいるが、付き添いの先生の許可の元一緒に観戦することが出来た。ちなみに先生はお兄様だ。血縁だからズルが出来るなんて考える人はもう居ないらしい。今までの私の試合を見てたら、そういう意見は消えたというのが事実のようだ。
「いやあ、まさかアルベルトと戦うとはね」
アレンはにこやかな表情のまま笑いかける。アルは無表情を貫きながら、アレンへと視線は外さない。
「…お手柔らかに」
彼はそれだけ呟くと審判役の先生に目をやる。
「試合、始め!」
先生はそれだけ声を上げると、弾かれたように舞台から飛び降りる。周囲の視線がその姿に目をとられた一瞬だった。逃げ出す審判が居るのかと驚いたが、これじゃあ逃げるよなとしか言いようがない現状だ。
舞台の全面に雷が落ちたのだ。凄まじい轟音を轟かせ堕ちた雷は、地を這いながら地面へと逃げていく。舞台上では殿下が光魔法の盾で全身を覆って耐えていた。そして気持ちの良い笑顔で、アレン先輩が両手を広げていた。
「いやあ、逃げられたかあ」
アレンの気の抜けた声が響く。殿下は盾を解いて悔し気に笑っている。
「化け物か…」
「そんなこと言わないで?」
アレンは右手を頬に当て、左手で胸元に手を持ってくる。その手の中には稲妻が走っているのが見て取れる。
アルベルトは歯を食いしばると手を前後に広げる。
「我が力よ、弓矢となれ」
アルのその呟きと同時にその両手に弓と矢が現れる。風を纏ったそれは暴風を拭き荒らせている。
「へえ、じゃあこっちも。我が義を、それを射らん」
アレンがアルに続けてそう呟くと、今度はこちらに雷撃を纏った弓矢が現れる。互いにほぼ同時に放ったそれは、それぞれが跳ねるように避けたことで地面に刺さるのが見えた。
アレン先輩は続けて手を差し伸ばし、空で何かを掴む。そして目に見えない何かを掴んだアレンはそれをそのまま、アルベルトに向けて投げやった。アルは弾かれたように逃げたけど、攻撃が地面に落ちた衝撃は計り知れずに、それをもろに受けてしまって舞台からなんと落下してしまった。
「勝者、アレン!」
先生の声を尻目に私達は慌てて袖まで駆け寄る。アルはふわりと浮き上がると自分の両手と、アレンを見比べて二、三度視線を行き来させる。その後小さく溜息を吐いて舞台に再び上がっていった。
「参りました、アレン先輩」
「こちらこそ。次は油断しないでね」
アレンとアルは握手を交わして、互いにたたえ合う。声はあまり聞こえないけど、悪い雰囲気は感じられない。二人はそのまま一緒に袖に戻って来た。
「二人ともお疲れ様!」
アリアが天使のような微笑を浮かべて二人を労う。アルが気まずそうに視線をそらして、アレンは耳の先を少し赤くしながらありがとうと答えている。
「アル、アレン先輩お疲れ様です。とりあえずアル、ゆっくり休んでね」
私はそれだけ言うと息を吐いて真っすぐにアレンへと視線を送る。次の試合はすぐに行われることになっている。
「先輩、お手柔らかに」
私は真っすぐに先輩を見据えて、そう微笑んだ。先輩は私に対しても微笑みを変えず黙ってこちらを見返している。
「いやあ、流石に次は本気だね」
アレン先輩はそう笑いながら私に手を振る。彼はこの大会中本気には一度もなっていない。そしてきっと決勝戦でも本気を出す気はないだろう。そして私はこの試合に勝てたとしても、彼自身にはきっと勝てない。本気を出されることはないだろうから。
彼は何者なのか。
それはまだ、分かってはいないけどきっと敵ではない。この大会で何かを見極めようとしている気がする。アレン先輩の家はどの派閥に居たっけ…。全然思い出せない。というよりも家名ってなんだっけ。伯爵家の次男…、それ以上の情報が思い出せない。
全く何も思い出せない、というより知らないのだ。その事実に思い至って私は愕然とした。分からない事はないかもしれないけど、調べようと思ってこなかった。お兄様に視線をやると楽しそうな表情の裏に、何か真剣な色を持っているのが見えた。きっと彼は彼なりに何かを捉え、気が付いているのだ。
「ベルトリア、君は僕を楽しませてくれる?」
考え事に耽った私の耳元でアレン先輩はそう呟いて、意識を浮上させてくる。そしてあっと言う間に手を引かれて舞台に引き摺り出された。とんでもない歓声に囲まれながら私は息を吐く。
先輩と慕っていたはずの正体不明の存在と向き合いつつ、私は自分の立ち位置につく。
「試合、始め!」
高らかに先生の声が響いた。