武術大会20
弾かれんばかりの声量で私の目の前で笑い転げている男がいる。そう、緑の妖精王だ。
「まさか…、あそこまでっ成長するとは!」
彼は息も絶え絶えにそう言うと再び笑い転げる。妖精王に手渡されたのは、エルフの好んで育てるというバラの一種だったらしい。成長が早い種類で、光の魔法を当てると一瞬で目も当てられないくらい育つ。その為誰が一番幻想的に育てられるかを競ったりするという。本当に意味が分からない。何度よ幻想的にって。私完璧18禁的な感じに育ててしまったよ。禁欲的なサムシングだね。
目の前で笑い転げる男の服装は、一枚布を身に纏ったような格好なので転げまわっているのもある意味危ない。年齢一桁の子供に何を見せる気なのだろうか。
「このどあほ!!!」
怒号と共に目の前に転がっていた男が消えた。そしてそこに居るのは緑の精霊王だ。妖精王は壁の彼方に飛ばされて、壁にめり込むことなく転移していった。
「ベルトリア、ごめんね。あの馬鹿が本当に…」
精霊王は頭を抱えて蹲っている。非常にはしたない光景だったので、目の毒が無くなって清々しているのでむしろ感謝である。
「むしろありがとう」
私がそう言うと、彼女は安心したような顔で転移して戻っていった。私は一息つくと周囲に目をやる。当たり前の様に皆こちらをガン見していて、不思議なものを見るような目線を頂く。だって精霊王とか妖精王って、見えないように魔法使ってるんはずなんだ。そりゃあ、周囲には見えないよね。唯一事情を分かっているのはアルとお兄様で、彼らも遠巻きながらこちらに同情の視線を送っている。
「…あれ?」
何だか周囲の目線が独り言を言ったように見えた私に向いたものとは違う気がする。痛々しいものを見る視線と、不審者を見る何かが混じっている気がする。
「ねえ、ベルトリアちゃん。今転がっていたのって誰?」
私の後ろからクレアが声を掛けてくる。その言葉を聞いて返事を返そうとしてピシリと固まる。
「…見えてました?」
「…見えてはいけないものだったの…?」
「普段は見えない筈なんです…」
そう呟く私に対して彼女は更に顔を顰める。
「今見えたのって、薬草学の先生よね…?」
クレアの気まずげな顔を見て、私は溜息を吐く。あの馬鹿は目晦ましの魔法をかけ、姿を隠す魔法を忘れていたらしい。何だよ馬鹿なの?私は空中に向かって睨みを利かせ、蹴り飛ばされていった壁の方に右手を振る。
「本当に馬鹿過ぎませんか、緑の妖精王。何魔法をかけ損ねてるんですか」
私がそう言って召喚陣を描くと、そこから不貞腐れた顔の緑の精霊王が現れた。
「…先生?」
ああ、クレアたちから見ると壁から先生が生えてきたように見えるのだ。魔法を解くように目線で問うと、妖精王は溜息を吐いて魔法を解いたようだ。ざわめきが周囲を駆け、クレアもアレンもポカンと固まっている。
「こちらの阿保が、緑の妖精王です」
「誰が阿保だ、誰が」
「貴方ですよ妖精王」
彼は壁からにゅるっと出てくると、空に浮かんで楽し気に周囲を見渡す。
「まあ、いいさ。俺は楽しめればそれで」
そう言って目線をアレンとアルに交互にやると、悪戯を思い付いた子供のような目をする。
「妖精が悪戯が好きっていうのは、こういう事なんだな…」
アレンはそう呟くと、クツクツと笑う。その横でアルは溜息を吐いて首を振る。幸い、今この場に居て妖精王の姿を見ていたのは、各クラスの代表の選手のみだ。妖精王はふっと空気を変えると、周りに居た全員を見回す。その視線はやはり王というべき貫禄と威圧がある。
「俺が教師に紛れている事を口外した奴は、どうなるか分かっているな?」
彼はそれだけ言うと手から蔦を出し、鞭のように軽く振る。空気を打つその音は、その場の全員を黙らせるに役立った。
「この一年は黙っておけよ。周囲に常に妖精達が居ることを忘れるな」
彼はそう言うと楽しげに笑って、私をニヤリと見つめると消えていった。私は彼に玩具を提供しただけになってしまったようだ。解せぬ。
「御伽噺に出るような妖精王と、対等に言葉を交わしているベルトリア嬢…」
誰かがそう呟くのが聞こえた。一瞬にしてすべての視線が私に向くのが見えた。
「昔馴染みだから…ですよ?私達妖精の里に行くこともあるから…」
私はそう言って笑いながら誤魔化す。何となく騙されてくれたようで、皆の注目がそうだよねって納得のものに変わっていく。
これでまた私達に注目が集まるのは他の貴族にも面白くないだろうし、私達も動きにくい状況に陥るのだ。
「何やってる?アレン、アルベルト試合だぞ」
空気を読まない先生が控えの間に呼びに来たことで、膠着した空気は動き出した。先生の呼びかけに応じて、アレン先輩とアルが舞台の方向へと歩きだす。
私はその後ろ姿を見ながら、この妙に締まらない空気に溜息を吐いた。