武術大会11
前半ルーファス、後半ベルトリアです。
僕の心の闇は、いつの頃からか始まっていた。仲の良い両親に親切な使用人たち。そして他の人達とは違うこの身体。妖精でありエルフであり、人であるこの身体がとんでもない問題だった。
限りなく人の要素が少ない僕は、エルフよりも妖精を濃く引いたようだった。魔法の知識欲が果てしなく、使う事に対して興味があまり持てなかった。唯一興味を持ったのは悪戯だ。これはサンティス家の子供が通る道であるようで、皆から微笑まし気に見守られていたのを覚えている。
学校に入学してから、自分が何気なく無詠唱で魔法を使ったことが切っ掛けで周囲から距離を置かれた。友人たちも少し遠巻きにして、あからさまに避けはしなかったけど親しくもしてくれなくなった。それからはずっと分家の親戚に張り付くようにして生活していた。
中等部に入ってしばらく経ち、他のクラスにエルフの血を濃く引くファウストの子息が居ることを知った。二学年上の彼は、小さい頃に会ったことがある従兄弟だった。
僕等は小さい頃会ったきりで、それ以来顔を合わせていなかった。けれど廊下で目が合った時に似たような孤独を抱えている事を察した。瞬きの末同じタイミングで笑い合い、再会を喜んだ。彼がいるから僕は心を保てたんだ。
でも、妹のベルトリアにはそれが居ない。年の離れた妹はそれだけで年の近い親戚が少なかった。エルフや妖精は子供ができにくい。その結果の事だった。
「僕が守らなくちゃ」
そう思ったのはいつだったか。初めて会ったあの日に天使がいると思った。母様によく似た色彩、父様によく似た眼差し、僕によく似た孤独。僕は初めて自分と同じ境遇の存在を得たのだ。エルフと妖精と人の間に苦しむ同士であり、可愛い妹。
でもそんな彼女を守るつもりで、僕は予想だにしない言葉を投げかけられた。
初めての武術大会で、彼女は自分と周囲の差に驚きを持っただろう。実力の差があり過ぎるのだ。そして自分という存在が人であることを、否定される最も堪える瞬間だ。僕もそうだった。案の定彼女はアルベルトに泣きついた。
駆け付ける頃には彼女は自分の中で整理が付き始めていた。自分は自分である事を、受け入れて貰わなくてはいけない。
「私はお兄様の理解者になれてるかな」
妹のその言葉が何故か胸に刺さった。いつか感じた、本当の意味の理解者、同じ境遇の妹という感覚が胸を占める。ああ、この子は末恐ろしい。僕の隠した孤独にさえ、自分を重ねてしまえるんだ。なんと危なく、愛おしい存在か。
この可愛いたった一人の妹を、絶対に守り抜くんだ。この子を一人孤独な戦いには行かせない。だって二人きりの兄妹だ。お兄様にも格好つけさせておくれ。
だから、心のどこかで囁くこの声に耳を澄ませてはいけない。僕は妖精でエルフで人、何て括りには存在しない。ルーファス・サンティスという只一人の、ベルトリアの兄だ。
「僕等にしか分かり合えない物がある。それを互いに分かり合って、支えようと思う気持ちが本当に嬉しいよ。流石自慢の妹だ」
僕はそう言って、可愛い妹のこめかみに優しく唇を落とした。
◇◇◇◇
試合がどんどん進んでいく。
今試合をしているのはクレア先輩と、リンドブルムのあの闇に魅入られていた先輩だ。二人は互いに見合って、武器を構える。クレア先輩はレイピアを構えていて、非常に凛々しくて格好いい。リンドブルムの先輩は何故か短剣を逆手に構えている。
「試合、始め!」
先生の合図とともに両者が一気に駆ける。丁度中央あたりで剣戟が始まり、クレア先輩は土魔法を、リンドブルムの先輩は無属性魔法で応戦している。剣を使いながら、魔法で違う戦いをするなんて、それなんて器用な戦いなの…。
思わず口をポカンと開いて、試合に見入ってしまう。
「彼らはコントロールが上手だ。それに二人とも自分の視点でなく試合全体を眺めているように動く。いいねえ、素晴らしい」
私の横でお兄様がそう呟くのを聞きながら、思わずこぶしを握り締めて試合の流れを見つめる。剣戟は一歩も互いに譲らず、魔法は土魔法を遠心力や持ち上げたりして無属性で圧している。彼は無属性魔法を知り尽くしているような動きをしているから、観客の注目を一瞬にして受けているのだ。
しばらく膠着状態の続く試合も、いつの間にか終わりが見えてきた。クレア先輩の方に疲れからか、動作が雑になってきている。相手はそれを見逃さず、隙をついて攻撃を仕掛けた。でもそこでクレア先輩がとっさに魔法を使って、二人の間の空間に土魔法で壁を作り上げた。でも魔力が切れたのか、その壁は出来上がる前に弾け飛び、両選手とも場外に落としてしまった。
「終了!引き分けとする」
試合の終わりが告げられ、先輩方は立ち上がり舞台上で再び握手を交わした。大きな声援に二人は包まれ、笑顔で袖に降りてきた。
クレア先輩の顔は晴れやかで、引き分けになった悔しさも滲ませながら酷く美しかった。
いつもありがとうございます。