武術大会 サンティス家の夏の乱3
二日ぶりです。
家の用事での外出が長引いて、投稿が出来ず申し訳ないです。今日から自宅に戻っていますので引き続きよろしくお願いします。
アニーがお兄様を引き摺って連れてきたのは、それから一時間ほど経った頃だった。私とアルは既に食後のデザートに突入済みだ。両親は今日は夜会があるらしく、私達を家に置いて二人で出かけてしまっている。その為、今日は子供達だけの食卓となってしまっていた。
「随分遅くなったね、お兄様」
「先生、僕らは食事を終えましたのでゆっくりどうぞ」
私とアルはにこやかに嫌味と笑顔をお兄様に送る。お兄様は不貞腐れた顔をしながらも、小さく首を振る。
「保護者役として残っている僕が、部屋に引き籠ってはいけなかったという事だね。それは申し訳なく思っているよ。でも研究が佳境に入る所だったんだ」
お兄様はそれだけ言うと、悔しそうに顔を歪める。その顔はまさに愁いを帯びた美青年のそれで、神秘的な儚さと神々しさを放っていた。だが騙されてはいけない。彼はこんな顔をしながら、研究しているのはしょうもない事だったりするのだ。
その証拠にケイが非常に疲れた顔をして、遠くを見つめているのだろう。
「ちなみに何の研究をされてたの?」
私がそう聞くと、お兄様は弾かれたように顔を上げて嬉しそうに私を見る。
「興味を持ってくれるのか、ベルトリア!!」
あまりの勢いに私は一瞬で効いたことを後悔する。しかしそんな私を無視するように、お兄様の世界は広がっていく。
「今研究しているのは、必ずしも必要ではないけど必要であるものだ。この重要性にトリアも気が付いてくれるなんて、本当に流石は僕の天使だ」
耳が痛くなるような美辞麗句の後に続くのは、本当に聞く必要があるとは思えない研究の内容だ。内容を語る割に、肝心な研究自体については触れない。つまり分かったようで、全く分からない話を聞かされているのである。
「――つまりこの研究が進めば、今ある技術を前進させることが出来る仮説が成り立っているんだ」
私は溜息を吐いて、右から左に聞き流す。この人は研究馬鹿なんだ。古代魔法を一体、、現代技術の何に活かすというのだ。そもそも秘匿事項にがっつり触れている。
「…それで、ルーファス先生。一体何を研究しているんですか?」
真面目なアルはこれを聞かずにいれなかったのだろう。聞いてはいけないんだ。どうせしょうもない事しか返事がないのだから。
「え?無属性魔法が実は属性魔法の一つだったのではないか、それならば派生する属性があるのではないか、という仮説を元に生活魔法の発展を研究してるよ」
お兄様、先程の長い討議の内容と、研究内容が即してません。何考えているの、何を説明されていたの私達。そして意外に有用な研究じゃないか、是非とも研究してくれ。無属性魔法が何たるかを解明してくれ、非常に気になる。
アルはすっかりその研究に興味を惹かれたようで、お兄様が食事を終えても長々と会話を楽しんでいた。ある程度語ったところでお兄様が、顔を上げて私を見る。
「そう言えば、我が妹も何かを見付けたらしいじゃないか。アニーが僕を部屋から引き摺り出す理由にしていたけど」
お兄様はそう言うと不敵に笑う。ああ、これでしょうもない事だったら、何か嫌な予感がするな。
「先ほど、検品作業中に不良品の魔法陣を確かめていたの。魔法を込めて陣を練っているのだから、気が抜けて魔法の出現が甘かった程度のそれは、上から同じ意味の魔法を重ねてみれば上書き修正が出来るかもと思ってしてみたの」
私がそこまで言い切って、アニーが出してくれたお茶を一口飲む。お兄様はほう、と息を吐くと楽しげにこちらを見る。
「それで、どうだった?新しい取り組みだから、何にせよ壁にぶち当たるもので…」
「―できちゃった」
「失敗をくり…、え?」
私はお兄様のセリフに途中で割り込んで、できたと言って見せた。お兄様も流石に予想外だったのか、石のように固まってしまっている。そうして数秒の沈黙の後、何かを思いついた様子でお兄様はにっこりと笑う。それはもう逃げたくなるほどにっこりと、素敵な笑顔を浮かべている。
「へえ、楽しそうじゃん」
この瞬間、私はお兄様に研究の成果を論理的に、証明しつつ理論だてることを求められることを覚悟した。適当にしてみたら出来たなんて、そんな可愛い事は許されない。偶然は必然で、必然は偶然なんだ。起こるべくして起きた現象であり、起きた条件もそれなりにあるのだ。
私は涙目になりながら、アルに助けてもらいつつ理論を構成していく。最終的にお兄様には及第点をもらったけど、その事には私とアルは燃え尽きて灰の様になってしまっていた。
こうして図らずして私とアルのレポートは、終わりを迎えた。研究者のお兄様に説明するという無理難題の末、頭の中で構成が練ったのが役に立つ結果となった。それと同時進行で進んでいた、魔法陣の研究も一段落付いて夏休み後半で漸く休みが取れた。
「…アル、水遊びがしたいわ…」
「貴族のお姫様が何言ってんだよ…」
今私とアルは、精霊の樹の下で夏の茹だるような熱気に負けてへこたれて居る。氷魔法で涼しくしているけれど、その程度で和らぐ暑さではない。
「水にでも入らなければ、私溶けちゃう…」
私はそう言いながら、木に寄りかかりながら座り込みアルを上目遣いに見上げた。アルはぎょっとした顔をしたが、目を左右にチラチラと動かして溜息を吐いた。その目元が少し赤らんでいて、何だか意地らしい。
私はそれを見て楽しくなってしまい、掌に小さな水の球を作り上げた。アルはすっかり照れてしまって、こちらを見れていない。その隙に私は水の球をどんどん大きくしていく。
漸くアルがこちらを見る頃には、私は水の中にすっぽり入り込んでひんやりとした冷たさに身を委ねていた。
「トリア!?」
アルは心底驚いた様子で、大きな声を出した。それはそうだろう。だって私一見水の球に囚われて、プカプカと浮いて気を失ったように見えるのだから。実際は水の球の中に空気の層を用意して、その中で私は風魔法で浮かんでいるに過ぎないのだ。風で良い様に揺れた髪が、水に浮かぶそれに見えるようで、冷たい水で四方を囲った私は非常に涼しい空間に閉じこもっているだけなのだ。ビバ、引き籠り。
アルは慌てたように風魔法を練り上げ、私の水の球を攻撃してくる。きっと助け出そうとしているんだけど、余計なお世話である。私はパチリと目を開くと、アルの周りにも私と同じものを展開する。
その瞬間、アルは悟ったのだろう。非常に冷たい眼差しで私は見つめられた。
「トリア?」
「涼しいわ」
「何か言い訳は?」
「気持ちいいわね」
こうなったら誤魔化すのみである。
私はアルの言葉に的確な返事を一切せず、アルも途中で諦めたのか涼んで気持ちが良くなったのか二人揃って眠ってしまった。
案の定、集中が切れた結果魔法が解け、ずぶ濡れになった私達がアニーに発見され大目玉を食らったのはお約束である。