武術大会 サンティス家の夏の乱2
短いですがお願いします。
夏季休暇も半ばを過ぎた頃、アルが王都の屋敷を訪ねてきた。彼は自分の家の領地へと戻っていたらしいが、昨日王都に帰って来たらしい。
「父上とお爺様がサンティス家の手伝いをするようにと言われたんだ」
アルはそう言いながら紅茶を一口飲む。うん、それはいい。でもこの状況はちょっとおかしい。何故かアルは作業をしている私を尻目に、悠々と茶を嗜んでいるのだから。
「てっきりもっと手伝ってくれるとばかり思っていたわ」
私が批判と嫌味を含めた目線で、にっこりとそう言う。その視線にも負けず彼は嬉しそうに笑う。
「俺は、精眼は持っているけど、大それたことはできない。それに魔力量も貴族のそれなりだ。規格外のトリアに任せた方が早く済む」
そう言って悪びれもしない彼の姿を見て、ああ貴族めと恨めしくなってしまう。検品をするには品に魔力を通して、精眼で魔法が通っているかを確かめなければならない。私は溜息を吐くと自分もアルの隣に座って紅茶を飲むことにする。
「作業はいいのか?」
「手伝う事の意味をはき違えた男を見ていたら、どうでも良くなっちゃったわ」
私がそう言うと彼は目をぱちくりさせ、小さく笑った。
「拗ねるなよ」
「拗ねてないわ」
「可愛くない奴」
「可愛いもん」
私達は無意味なやり取りをいくつか交わした後、仕方なさげにアルも精眼を使って作業を手伝ってくれた。おかげで今日予定していたものは早々に終わり、山と積まれた箱の大半が片付いた。
「やっぱりこれだけあると、いくつか漏れがあるみたいだな」
「ええ、そうなの。こればっかりは気を付けて見ないとね」
作業を終えて手元に残ったのは、数十枚のバンダナだった。刺繍は綺麗にされているが、一部魔法陣としての効果を保っていないのだ。今までの作業の中でも毎日、数十枚出ている失敗作は、集められて片付けている。捨ててはおらずに、どうにかできるかなという希望的観測で残してあるのだ。それが今日まで何も手付かずなのは、手が足りずにどうにかできる余裕がなかったからだ。
だけど今日はアルも手伝ってくれたから、まだ余力が残っているし時間も余った。私は失敗作の機能していない部分を魔力を込めてなぞる。正しく刺繍されているから、物は試しに上から意味を持たせられないかとしているのだ。
私の考えは間違ってなかったようで、上から新しく書かれた魔力により正しく効力を発揮してくれた。その証拠にふんわりと温かな光を一瞬放ち定着した。
「え…」
「できちゃった…」
「何をした?」
「上から言葉の意味を唱えながら魔力を込めたら、どうにかならないかなって…」
アルが壊れたロボットの様に、ギギギとこちらを見上げる。そんなに驚くことはないじゃないか。
「どうしてその発想に至ったんだ…」
「それは言葉の意味を考えながら刺繍しているし、一部集中が途切れて怪しくても何とかなるのかなって」
私がそう言うと、アルは溜息を吐いて私を見る。
「それもレポートにまとめとけよ」
「おう、じーざす…」
アルはしばらく我が家に滞在するようで、客間をウィルが準備していた。アルは持ってきていた荷物を部屋に置いて来ると言って、広間から出ていく。私はその後ろ姿を見ながら、ゆっくりと窓の外に視線をやった。すっかり夕方になり、食堂の方からはいい匂いが漂ってくる。もうすぐ食事だ。
「…お腹すいたわ」
私がそうぼやくと、アニーがクスクス笑いつつ食堂へと促してくれた。
「お嬢様、お食事にしましょう?アルベルト様もそちらにお通ししますわ」
「そうね、よろしく頼むわ」
私はそう言ってふと、首を傾げる。
「研究馬鹿のお兄様は、今きっと部屋に籠ってケイを困らせているはずだから早めに声を掛けてね」
「かしこまりました」
アニーは恭しく礼をすると、すっと静かに退出していった。再び窓の外に目をやると、闇の足音が庭先に近付いているのを感じた。私はそれを見つめながら、自分達の近くで物事が動き始める予感がした。久しぶりに感じたこれは、きっと先見だろう。胸騒ぎを抱きながら、食堂へと向かう足を速めた。
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