私たちの言葉
静かな空気が場を重くさせる。両親は表情を隠し、何かが始まるのをじっと待っている。
両親のがらりと変わった雰囲気などものともせず、ベルトリアは紅茶の注がれたカップに口を付けてわずかにほほ笑む。
「お久しぶりですわ、お父様、お母様」
ベルトリアの口がゆっくりと言葉を紡ぐ。
普段と違う緩やかな言葉遣いと、感情の変化の乏しい口調。両親は私が入れ替わったことを実感新たにしているようだ。私はそれを、ベルトリアの目を通して内側から見ている。
「君がもう一人のベルトリアかな?」
お父様は真剣な表情でベルトリアに問う。
「正解としては、私がベルトリアなのです。お父様」
ベルトリアの無表情な答えが返る。
お父様とお母様の顔が一瞬戸惑いを浮かべ、すぐに表情を消す。
「それはどういうことかしら」お母様の静かな声。
ベルトリアはゆっくりと両親を見る。
相変わらず表情を浮かべることができないようで、無表情のままなのが空気を更に煽る。
ベルトリアは五歳の少女らしからぬ言葉で両親へ話し続ける。
「私と彼女は同じ体をもって産まれてきました。正確には、私の中に彼女が落とされ産まれてきたのです。」
両親はじっと静かに話に耳を傾ける。
話を続けろということなのだと感じた。
「私の中にいる彼女は所謂、生まれ変わりのような状態。前世を持ち、人としての一生を終え新たに産まれ直したのですが、それが私と一緒の体だったということです」
お父様が小さく手を挙げて問いかける。
「それは、君の体を奪った――ということではないのか?」
私はぎょっとした。こう思われる可能性もあるから知られたくなかったのだ。
きっともう元の家族には戻れないのだろう。針の筵だ。
「それは違います、お父様。私はお母様のお腹に生を受けた時から、何となく産まれたくなかったのです」
ベルトリアは否定の言葉を口にしながら、淡々と説明していく。
だけど産まれたくなかった云々は初耳だぞ?
何でも共有してきたつもりだったけど、一緒になる前は範囲外だったということか。
「私の中に流れる血のせいでしょうか。漠然と人生の流れを感じることができました。未来予測のようなものなのでしょうか。その流れでは私は決して幸せにはなれない未来が用意されていました。」
両親の息を飲む音が聞こえた。
ベルトリアは視線をカップに落とし、小さな声で話を続ける。
「産まれる前から不幸が決まっているなんて、まだ言葉などない頃ですから感情としてそれを記憶しています。物凄く悲しかったこと、不安だったことを。でも気が付いたらもう一つ、私の中に何かが入ってこようとしていたのです。私はそれを受け入れました。それが彼女です。」
とても現実味の無い話。でも私だから理解しうる話。
私は中からベルトリアに声を掛ける。
『私も頑張るよ、大丈夫』
ベルトリアは小さく頷くと両親を見据える。
「これは私の視点からの話です。彼女からの話を聞けば、不明瞭なところが分かると思います」
ベルトリアは静かに目を閉じ、私と入れ替わる。
両親の空気が緊張を含んだものになった。
「改めまして、お父様、お母様。いいえ、サンティス閣下、夫人。私の名前は西浜涼香と申します。こちらの言葉で言うと、リョウカ・ニシハマとなりますね。先程ベルトリアが話してくれたように、前世の記憶を持つ所謂転生というものをしたようです。」
私は前世の記憶の中での大人の対応を引っ張り出す。
今求められているのは子供としての姿ではなく、前世の私である。
ちゃんとしろ、背筋を伸ばせ、怖気づくな。
両親の言葉を待つが口を開く様子はない。
私は話を続けることにする。
「私は前世で日本という国に産まれました。そこで両親や友人に囲まれて育ち、学び、生きてきました。この国と違ってほとんど身分制度というものは無くなっていて、自分の努力で実を結ぶことができる。そんな国でした。」
私は自分の中に残っている故郷の記憶に思いを馳せる。
両親より、祖父母より先に死ぬという親不孝娘だった。賑やかで明るい家族に囲まれ、それなりに幸せに生きていたと思う。
皆は元気だろうか、私が居なくなったことで落ち込んでいるだろうか。色々気になってきた。
どうか先に逝ったことは許してください。
「ただ私は車の事故に巻き込まれて――この世界で表すなら馬が居なくても自動で動く馬車のようなものですが、それに衝突する事故に巻き込まれ死んでしまいました。これが前世の私の一生です。」
静かに語っているが、言葉にする度に何とも言えない感情が胸を占める。
もう二度と帰れない世界、生活。幽霊が存在するのも頷けるわ。未練しか残っていない。
「前世の記憶の中に、この世界のことを物語として記したものがありました。私はその物語を死ぬ直前に読んでいて、その為にこの世界での未来の出来事、ベルトリアの今後のことを知っていますし覚えています。」
自分の感情に蓋をして、ベルトリアを見習いつつ表情を隠す。
両親の何とも言えない顔が私を見つめている。そんな顔で見ないでほしいのだけども、仕方がないか。
「では、君はなぜベルトリアの中に入ってきたんだい?」
お父様が沈黙を破って私に質問する。
「それは私が死んだ時まで遡りますが、死んだと自覚した時、光がぼやっと見えてきて気付いたら彼女の中に」
「それははっきり分からない、という事であっているね?」
「そうですね、その通りです」
お父様とお母様は目を合わせ少し思慮に耽っている様子だ。
何事だろうか、何かまずい事でも話したのだろうか。
「まさか本当に古い文献にある通りだなんて。」
お母様が小さく呟いて私を見つめる。
一体何の事ですか、文献って何ですか、心当たりがあるんですか――――
喉元まで質問が出かかって、ようやっとそれを飲み込みすまし顔を整える。
そんな私を見てクスリとお母様は笑う。
「ベルトリア、いやリョウカさん。怖がらなくていいのよ。」
「エルフと妖精の魔法に関する古い文献に、貴女達のことに近い魔法が記されているんだ」
お父様がお母様の言葉を継ぐように、そう告げた。
―――――展開が急すぎやしませんかね?
私は脳内キャパオーバーを迎えつつあるよ。
冷静に、れ・い・せ・い・に!頭の中を整理していこう。