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武術大会 サンティス家の夏の乱



「聞いて驚いて、トリア!!」

「何それ、お願いされることなの?」

「いいから驚いてよ、トリア」

「何も聞いてないから驚けないわ」

今は朝食後ののんびりとした時間。サロンで夏の花を見ながら私はゆっくりと過ごそうと、本を持ち込んでいたのだ。その場に来たのは麗しの残念イケメンのお兄様だ。

「君の開発したあの刺繍のことさ」

「あれがどうしたの?」

お兄様は得意顔でこちらを見ている。やあ、たとえ残念なイケメンであろうとも絵になるのが腹が立つ。私が開発した刺繍、それは魔法陣を刺繍に興すというものだ。お兄様はニヤリと笑うと、手元に握っていた手紙を私に差し出した。そこに書かれていたのは、学校の名前と国の名前だ。私達が通う学校は王立の学校だ。だから重要な書類には学校の名前と、国の名前、下手すると国王の名前が入っている事もあるらしい。

「これ、どうしたの?」

「開けてみて」

お兄様はそれだけ言うと、私に手紙を開けるように笑顔で促す。その笑顔、何だか悪戯めいたものを感じる。黙って手紙を広げると、中には重要書類を示す文様の透かしがある便せんが入っていた。そこに綴られているのは、武術大会の応援に際しての物品の販売に関する事項だった。


「これがどうしたの?」

「よく読んで」

私はお兄様の視線を受け、更に読み進めていく。


『今回支給、販売される品はサンティス家の管轄とし魔道具として作成するように』


その手紙にはそう記載されていた。つまりは、どういうことだ。

「今回の大会に関して、サンティスの研究が認められたんだ。そしてその中の一つに、トリアの刺繍もある。それを支給品として各クラスに配ったり、販売するという約束を頂いてきたよ」

「ええええ!?」

思わず口をついて出た声に、慌てて口を手で押さえる。そんな私を見てお兄様は酷く意地悪に笑っていた。



◇◇◇◇




刺繍が魔道具として認められたという事が、どういう事か分からなかったけど今は分かる。これ、めちゃくちゃキツイ。何なのこれ、一から私が指導するとか聞いてない。私は屋敷の使用人、信用のおける傘下の商会や針子を集めて魔法陣の講習をしている。この模様はこれを略したものだよっていうのを認識しないと、それが魔法陣として効果を持たないからだ。単純な流れ作業となってしまっては、非常に困るのだ。流通させる意味がない。

「効果を認識して刺繍をしないと、魔除けになりませんのでご注意を」

私がそう釘を刺しつつ、手本として飾られている私の拙い刺繍を皆に見せる。その道のプロにそれを見られるのが、どんな公開処刑よりもつらい。お兄様、恨みますわ。

「これはまた随分と、細かいようでダイナミックな模様ですね」

「それらは全部、魔法陣に刻まれる古代語を模様に見えるようにしているの。葉や蔦、花に見えるように注意してね」

「はい、お嬢様」

「男性にも受け入れられそうなデザインですね。上品でありながら、中世的な素晴らしいものだ」

「ありがとうございます」

針子の嬉しそうな声に、私も安心の声が漏れる。少なくともこれが受け入れてもらえないと、グッズとして売ることが出来ないのだ。そして夏の休暇の間に、学校が指定する分の商品を用意する必要がある。それが何とも、高等部の分もらしい。つまり中等部、高等部の支給品、販売分を夏季休暇の二ヶ月未満の内に準備せよとの申し出だ。

ありがたくも、全くありがたくない申し出だ。

(…これは忙しくなりそう)

只の刺繍と違ってこれは魔道具なのだ。量産する為にはある程度の知識と準備が必要だ。手抜きをされていないか確認することも必要だ。私は指導と確認の立場を任されることになり、使用人や針子、そしてサンティスとファウストの奥様方が手伝ってくれたそれを受け取る。

週に一度馬鹿みたいな量が届く毎に、私はお兄様の襟首を引っ張って無理矢理手伝わせることにした。


「トリア…、僕はもう嫌だよ」

「お兄様、私だけでは手が足りません。いくら一気に魔力を通したって目視できる枚数は限られてるの。お兄様、私と一緒にその膨大な魔力を使ってくださいな」

「嫌だよおお、研究させてよ…」

今日はその荷物の届く日だ。広間には検品用に出された机と椅子、そして運び込まれた大量の箱が私を待っているのだ。それを尻目にお兄様は逃げようとしている。そうは問屋が卸さないぞ…。

「お兄様…。私の事嫌い…?」

必殺、妹の上目遣い。涙目にて応戦中である。お兄様はうっと息を詰まらせると視線を左右に振り、小さく息を吐いて膝をついた。

「…卑怯だ」

「お兄様、…私を手伝ってくれる?」

「喜んで…」





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