武術大会5
伏線回収って、大変ですね…
夕暮れ時の生温い風が私の頬を撫で、目の前にいる双子の兄妹を吹き抜ける。今日も彼らは森の方で探知の魔法を使っている。
「あれ、トリア!!」
アリアが嬉しそうにこちらへと手を振る。私も彼らに大きく手を振って、迎えに来たことをアピールする。夏の陽が長いとはいえ、時間としては夕食の時間を既に迎えていて、すっかり腹ペコとなっている。
「食事にしましょう!」
私がそう言うと、二人は速足でこちらに向かってくる。私とロイスとアリアは、久方ぶりの三人で、ゆっくりと食堂まで歩くのだった。
カンカンと鐘の音がする。この鐘の音は魔獣が現れたことを指す音だ。今は王都の東側の鐘が鳴ったのかな。
「最近増えてきたよね」
寮の自室、就寝前のホットミルクをアニーと一緒に楽しんでいる時間だった。突然鐘の音が遠くから響いてきた。王都には東西南北でそれぞれに鐘があり、中央に協会がある。音がそれぞれ違って、今聞こえてきたのは東の鐘の音だ。
「魔獣、多くなりましたね」
アニーが小さくそう言うと、不安げにコップを置く。そして窓辺の燭台に手を翳して火をつける。アニーは火の精霊憑きだ。彼女は手を振るだけで火を上手く操ることが出来る。
窓の外では王都の東側では、松明の明かりか、光魔法の明かりがふわふわと揺れるのが見える。彼らは王都の警備隊や騎士団の人達だろう。
「…やっぱり増えたよね」
私はアニーの呟きにそう答える。
魔獣――。
それは森の動物たちに魔の力が宿り、ただの獣であることを捨てたモノを指す。魔が宿ると姿かたちまで変わってしまい、本来の性質とは違ったものになる。例え草食の動物であっても、魔獣は全て肉食だ。そして魔獣のもう一つの特徴は色彩が寒色や暗色に変わり、闇魔法を使うようになる事だ。
そしてそれが起きるのは、何も動物だけではない。人間も魔に堕ちる。そうなった人たちが魔人と呼ばれ、魔の者を総称して魔族と呼ぶ。
「さあ、お嬢様。今夜は寝ましょう」
ホットミルクを飲み終わると同時にアニーは私をベッドへ促す。大人しくそれに従い、私は眠りについた。
今日も今日とてテスト勉強です。
放課後の賑やかなサロンではなく、図書室内にある個室で勉強会を開いている。
「そう言えばこの間、ファウスト家の方から来た手紙を持ってたけどあれ何だったの?」
アリアは教科書をパラパラと開きながら私に聞く。数日前に届いたお爺様からの手紙を、皆に見せようと思って持って行ったはいいけど読まなかった。朝から慌ただしかったからだ。
あの日、食堂に向かう私達の目の前で上級生が喧嘩をしていたのだ。
生徒はリンドブルムの一つ上の先輩らしく、その先輩が一人の生徒を囲んで虐めているように見えた。そして大人しくされるがままになっていた先輩が、何か唸ると突然飛び上がり反撃したのだ。突然の反撃に慌てた先輩が、反撃した方に水の魔法を浴びせた。どうやら虐められていたのは平民からの編入した生徒だったようで、無属性魔法で応酬していた。そこに誰かが呼んだ先生が現れ、喧嘩両成敗で話が終わったのだ。
残されたのは虐められた先輩で、遠巻きに見ていると何やら背筋にぞわっと冷たいものが走った。決して手を出さないようにしていたわけではないんだ。助けなくちゃって気持ちも働いてたんだ。
でも動けなかった。何だかその先輩が、禍々しいものに囲まれているように思えて、近付くのが怖かったんだ。私が尻込みしている間に他の上級生が手助けをして、彼は寮へと戻っていった。
今なら分かる。あれは前兆でも何でもなかった。あの出来事は今起き始めている出来事の一つだったんだ。
お爺様からの手紙には、
『魔人が発生し始めている。気を付けろ』
と書かれていたのだから。
私はその事を話す。その場にいたアリア、ロイス、アル、シリウス、マークは黙って話を聞いていた。
「…今更ながら、僕はこの話聞いていて良かったのかな…」
マークが溜息を吐きながらそう呟く。そうはいっても彼はお兄様に心酔して、その研究を手伝っているんだからもう既に巻き込まれているのである。
「もう遅いさ」
アルは楽し気にそう呟くと、表情を真剣なそれに戻す。
「でも、という事は魔人があちらに加わるのよね」
アリアは不安そうに言葉を吐く。その横でシリウスも考え込んでいる。
「リンドブルムのあの先輩は、速く対処しないと魔人になってしまうという事か」
彼はそう呟くとロイスに視線をやる。ロイスも頷きながら、その考えに同意する。実はリンドブルムの先輩に会うのは、そう難しい事ではないのだ。彼も決闘の選手に選ばれているのだから、練習場に行けば毎日でも会える。
「じゃあ、私達の研究の成果を試すとしようよ、その先輩の協力を得てさ」
私はそう言うと、静かに今までこっそり部屋で作っていたハンカチを広げた。そこには浄化の魔法を蔦の模様に似せて、刺繍を施しているんだ。力作だ、凄いだろう。
「かっこいい模様ね!これなら男性が持っていても可笑しくないわ!」
アリアは嬉しそうにそう言うと、そのハンカチを撫でた。皆も似たような反応で、大きく頷いている。私はそのハンカチをマークに渡した。
「さあ、マーク出番よ。あの先輩に同じ平民のよしみって事で、渡して来てくれないかしら。私達だと、裏を疑われてしまうから貴方がしてくれると助かるの」
そう言って彼に渡すと、マークは戸惑いながらも大きく頷いた。