武術大会2
代表に選ばれてしまった私とアルは静かに溜息を零して、練習場を見つめる。今ここにいるのは各クラスの代表である生徒だ。私達と一緒に居るのはサラマンダー代表の三年生と四年生。高等部の生徒はそちらの練習場にいるらしい。そして広い練習場に勿論ナーガやリンドブルムの生徒たちもいる。ナーガの生徒に見知った王子と女の子の姿を認めたが、気付かないもの勝ちだ。
決闘では魔法だけでなく剣などの様々な武器の使用が許可される。武器を使うのは男子生徒が多く、女子生徒は魔法のみの戦いとなることが多い。女子でも武器を使用する生徒もいるにはいるが、使いこなすまでたどり着けないようだ。
斯くいう私も武器は使わない。どちらかというと護身術で習った体術の方が得意であったりする。相手の力を利用して、自分の力をあまり使わずに往なす瞬間何て気持ちが良すぎる。自己有能感高まりけり。
「代表なんて、面倒くさすぎる」
私の横でアルが節操なく呟く。その一言は立候補していない先輩方にも同意され、やる気に満ちた先輩には怒られる。
「イデア公爵家の子息だと伺っているが、そのように弱腰でどうした」
あ、先輩その一がアルに絡みに行った。
「別に、自分が優れていると思っているのではないので」
アルは貴族の仮面を被りにこやかな笑顔を浮かべる。今この場面でその顔は、相手を苛立たせるだけだと思うの。案の定先輩は顔を真っ赤にして表情を変える。
「花姫に気に入られているからと調子に乗らない事だ」
顔を真っ赤にしながら先輩はアルに忠告をする。なんだその見当違いな忠告。アルの方も顔を顰めて、何言ってんだこいつという感想を隠さない。
「トリアに気に入られていようがいまいが、彼女は関係ない事です」
アルはそれだけ言うと、練習を始めるよう四年生の先輩に促す。先輩は面白そうにこのやり取りを見ていたが、声を掛けられて静かに笑った。
「それじゃあ、練習試合をしよう。各々の力量も知りたいし」
そう言った先輩はアレンというらしい。伯爵子息で次男、騎士団希望の一見穏やかな人物だ。十歳というのに、腹の底が読めない性格をしている。
先程アルに食って掛かっていたのはダニエル先輩。三年生で、決闘の代表になりたくてなったという人物。単純で猪突猛進という印象で、こちらをチラチラと見てきて非常にうざい。
他の先輩たちはまた始まったとばかりに溜息を吐いて、首を小さく横に振っている。四年生の女性の先輩、クレア先輩だ。寮監をしているお姉さまは相変わらずお美しい。女子生徒の先輩方は私の普段の様子を知っている為、特別気取った嫌な奴ではないと理解してくれている。それに私達いつものメンバーが集まっている理由も、『気を抜けば男女問わず敵に囲まれるんじゃ、気を抜けないわよね』と哀れに思ってくれているらしい。解せぬ。
男子生徒たちがサラマンダーに割り振られた場所で、練習試合を始めた。アルとダニエル先輩の試合だ。
ダニエルは剣を右手で剣を握り、「力を示せ」と呟く。左手で剣に火の魔法を掛けたようだ。アルはレイピアを掴んで、構えを取らずに立っているが口元には不敵な笑みが浮かんでいる。アルは自分の周りに風の魔法を展開する。
「お前、無詠唱…?」
ダニエルが驚いた顔でアルに聞く。
「これでも妖精憑きなので」
端的にそれだけをアルが呟くと、悪戯が成功した子供のように笑う。そして風を足に纏って一瞬にしてダニエルの目の前に詰め、首元にレイピアをそっと添えた。
「俺の勝ちですね、先輩」
彼はそれだけ言うと、妖精らしくニヤリと笑った。
「いやあ、アルベルト君は本当に強いね」
アレンが楽しそうに手を叩いて笑う。私は想像通りの展開を溜息を吐きながら眺めている。アルは風のように駆けることができる。というより風になれる。何をしようが彼の速さに勝てるのは、同じ風しか存在しないと思っている。
「俺なんか、束になってもベルトリアには敵いません」
アルはさも当然の様にそう言って、私に視線を向ける。おい、そんな事は無いはずだ。
「私がアルに勝てるわけないでしょう」
私がそういうとアルは首を傾げてこちらを見る。
「俺が風に乗って目の前に来たら?」
「精眼で見えてるから風魔法で、アルの進む方向を狂わせるわ」
「俺が上空から来たら?」
「氷魔法か、空気を障壁を展開してさらに圧縮させて叩き付けるかも」
私はアルに言われた攻撃パターンにどう対応するか、脳内シミュレーションして答える。これは私達が無詠唱で魔法を使えるから、出来る魔法の応酬である。
私達のやり取りを聞きながら、クレアが石のように固まるのが分かるし、ダニエルが震え始めている。
「ベルトリアは守られるような可憐な乙女じゃないっすよ。こいつは泣く子も黙る魔法の鬼です」
アルは渾身のセリフを言ってやった、という顔をして笑っている。絵になイケメンだからこそ腹が立つ。
「誰が鬼よ!」
「バカみたいな魔力量で、同時にどんどん展開できるんだから化け物だろう」
「アルも出来るじゃん」
「俺のが魔力少ない」
「絶対戦って勝てる気しない」
「引き分けだろうな」
私達のやり取りにアレンはとうとう笑い出し、クレア先輩は溜息を吐く。ダニエルは放心状態になってしまい、どうやら私は化け物認定されてしまったみたいだ。
本当どうしてこうなった!