小さな足音
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私達が寮の談話室で会話している時、足早に傍を去っていった男性がいた。彼は中等部四年生のファウスト家の分家の子息だ。彼は私達に積極的に関わる事はなく、ある意味密偵のような役割りをしている。ファウスト家に私達の動向を伝える役目だ。ファウスト家にはお兄様と同年代の子息しかおらず、私達の行動が把握できない。その為こういう行動をとると、あらかじめ伝えられてはいる。でも彼、とんでもなく下手だ。
自然と近くにいるのではなく、びしっと傍に控えているのだ。そして見るからにエルフの血を引く白みがかった髪色は、果てしなく目立つのだ。
彼の去っていく後姿を、シリウスとアルと私で冷たく見つめながらため息を吐く。
「僕の方からファウストに伝令するようにしようかな…」
シリウスが小さく息を吐きながら呟くと、アルも頷きながら肯定する。
「あの人分かりやすすぎる…」
二人がそんな会話を繰り広げている最中、私の頭の中には花より香しい悪戯の計画が浮かび上がってくる。思わず顔にそれが出ていたらしく、二人の視線を浴びてしまう。
「逆に巻き込みやすそう」
素直にそう言うと、二人は「ダメだ!!」と息を揃えて私を遮るのだった。
研究課題として、魔族への対処法を調べることにした私達はお兄様の研究室にいる。ここに研究員が居るのだから、使わない手はない。学校にも研究の内容を伝え、グループ研究の許可を得ている。
「さて、魔の対処法か…」
お兄様はそう呟くと、にこやかに笑いながらも困っているのが伝わってくる。対処法など、存在しないのだ。人間の国に魔が表立って攻撃してくるなんて、この国にはないしエルフや妖精、精霊にも戦争の歴史しか残っていないのだ。つまりやるかやられるかだ。
「魔の妖精達を連れて、精霊の樹から離れるなんてことをしたら、僕らも道連れだ」
お兄様はブツブツと呟きながらも、何かを考え込んでいる。どうやら興味を惹けたようだ。魔に侵される出来事なんてなかったのだから、この研究がこの国に役立つのか、受け入れられるのか分からない。でも数年後には確実に巻き込まれることは分かっているのだ。今この研究をしないで何になる。
「魔と言えば闇だ。闇の魔法に対する対処を考える方が堅実だろうね」
お兄様はそれだけ言うと、また何か考えるように書斎の方へと歩いて行った。こうなったらお兄様は役に立たない。研究馬鹿なのだ。
「そういえば私が闇につかまった時、光魔法を使って脱出したんだけど。光魔法の上位の聖魔法を使えば悪夢からも逃れられたわ。闇と光は表裏一体だし、この部分を突き詰めれば何かわかると思うんだけど…」
私はそれだけ言うと、他のメンバーを見つめた。この部屋にいるのはアル、シリウス、ロイス、アリア、そしてマークだ。マークは私達に巻き込まれたというより、私達の研究テーマに興味を持って協力してくれるような形だ。彼の中でも私が攫われた光景が、頭から離れないらしい。
「聖魔法か…」
アルはそう言うと考え込む。当たり前だが、魔法は血筋に大きく左右されるのだ。聖魔法が全員がいつでもできるわけではない。そこで私が考えたのが、魔法の魔法陣化だ。元々この技術はエルフの持つモノだ。エルフは研究した魔法が損なわれないように、魔法陣として記録し妖精や精霊と共に守っていた。
血筋で行使する魔法は魔法陣の代わりに、自分の身体を媒体に使っているようなものらしく、魔法陣を媒体にする方法へと転換すれば魔力を込めるだけで誰でも使えるようになる。
だが、これには秘匿事項も含まれるし、何よりファウスト家の許可が下りていない。すぐさまこの考えを皆に伝えることはできないのだ。
「トリアは全属性を持っているから使えるんだろうけど、どうやってこれを調べるかだよね」
ロイスはそう言うと、頭を抱えて考え込んでしまう。彼らも闇の魔法を使うから、聖魔法か光魔法が闇に対応できるのは分かっているんだろう。
「火は水で消えるように、光には闇、闇には光という事よね」
アリアはそう言うと、物理的な対処方法を考え始めたようだ。
「闇魔法を使ってる妖精に対して、光を当てるなんてことは言わないでね。絶対効かないわよ」
私はアリアにそう宣言しておく。物理的手段に頼るのも大切だけど、闇魔法は闇そのものではない。照らしただけで効くなんてありえないのだ。
私達がああでもない、こうでもないと考察している間にすっかりと日が暮れてしまっていた。
◇◇◇◇
ロイスとアリアは寮の庭に出て、手を繋いで空を見上げている。空に浮かぶのはたくさんの星と、今にも消えそうなほど欠けた三日月だけ。この庭には他に誰もおらず、二人はそっと並んで魔法を使う。
二人の周りを薄暗い闇が包んで、ふわりと広がる。二人が使ったのは闇魔法の探知魔法である。今この瞬間に魔の手先が学校に近付いてはいないか、それを確認したのだ。二人の魔法の探知範囲にはそれらしきものが居ない事を確認し、そっと息をついて目を合わせて頷き合う。
「今日も大丈夫」
「私達が探知されないように気を付けないと」
二人はそう言って寮へと戻る。アリアが寒いと言いつつ足早に寮に戻る中、ロイスは耳元で何かが囁いたような気がした。
振り向いても何もなく、耳元に残る闇魔法の気配も薄い。囁きを届ける魔法を使われたのだと察した。それはアリアには届かなかったようで、再び魔法の気配を察知しようにも精眼を持たない自分にはもう分からない。
『いつか…』
それだけ囁いて消えたあの気配は、ロイスの不安を煽るには十分だった。しかしこれを報告してもどうしようもない。この事は自分の胸に秘めるとして。また何かが起きればルーファスに相談しようと心に決め、アリアの背中を追うのだった。