目覚め
目を開けると顔面を青白くさせたお父様と、石のように固まった表情のお母様、輝かんばかりに笑顔のお兄様に囲まれていた。その瞬間に家族全員に一気に抱きしめられ、苦しさのあまり別の世界へ旅立ちそうになった。今度こそは命の糸が切れる気がするほどの熱い抱擁だった。
何より、お母様が目に涙を浮かべながら無表情に抱きしめてくるのが怖かった。あれは怖かった。心配をかけたと頭で分かっていても、殺されるのではないかという錯覚を覚えてしまい、しばらくは悪夢に見そうだ。きっと次に見る悪夢はお母様で決定だ。
「お兄様、私どれくらい寝てました?」
「初めに眠りについて、丁度三日だ。とんでもないお寝坊さんだね」
お兄様は私にそう言うと、そっと頭を撫でてくれる。その手の優しさを感じながら、割れ物を触るみたいに触れられているのを感じる。
「私は壊れませんわ」
そう言ってもお兄様は困った顔をして、触れる程度に何度も何度も私を撫でた。お母様は先程も言ったけど怖かった。素の表情で作ることのない顔で、私の頬を愛おしそうに撫でる。まあ無表情なんですが。何度語り掛けても返事はなく、ずっとブツブツと呟いている。
「私の娘、愛おしい子。絶対に守るから…」
そんな感じで辛うじて耳に届く程度の言葉を、呪文の様に延々と呟いて自分の世界にいたので目線を反らしてお父様を見る。
「お父様…」
「ああ、ベルトリア。可愛い子、生きていてよかった…」
お父様は今にも死んでしまいそうな顔色で、震える口を押えつつ私の肩を抱いた。彼らの様子を見ながら、私は愛されている事を実感した。そして、少しばかり家族と心の距離をとっていたことを恥じた。
その次の日には学校へ戻った。授業は丁度テスト前で自習になっており、遅れることはなかった。でもお陰でテストまでの日にちが三日短縮されてしまった。死に物狂いで勉強しなくてはならない。
「あああ、勉強が辛い…」
私がそう呟くとアリアが小さく溜息をついた。
「三日も眠っていて、呪いにかけられたと思ったら、今はこんなに元気なんて…」
「流石私、白の乙女様よね」
「相変わらずね」
私とアリアはそう言うと、見詰め合って二人で笑う。この教室には現在私とアリア、そしてシリウスしかいない。シリウスはこの国の成り立ちや外国の事に疎いから、それについてのテスト対策をしているのだ。魔法についてや、薬学については下手すればこの国の講師より深い知識を持っている。
「明後日からテストだよ、ちゃんと勉強しようよ」
シリウスが仕方なさそうに笑うと、私達もつられて笑い穏やかな勉強時間が過ぎていく。目が覚めて学校に戻った時なんて、この人たちは死人が生き返ったかの如く喜んでくれた。シリウスとアルは私の手を離さなくなってしまい、ロイスとアリアは抱き合って喜んでやっぱり二人とも私の傍からから離れなくなってしまった。全員を宥めてテストに意識を向けさせると同時に、鬼のような勉強期間がやって来たのだった。
そんなこんなで無事にテストも終わり、私達は学年末の期間に向けて準備する。実はこの学校は飛び級が可能である。テストの成績を修めてしまえば、次の学年の授業が受けられるようになる。大体そのテストが受けれるのが学年末の各科目のテストなのだ。私達は魔に対応する為、それぞれが飛び級を使う事を目指していた。
魔法理論応用や、薬学はエルフの知識を利用してしまえばあっと言う間に卒業圏内だと言われている為、私は必死に知識の積み重ねを行っている。勉強すればするほど、いつの間にか精霊や妖精に囲まれて助けられてしまっているのだから自力ではなくなっている。
学年末の期間は授業という授業もなく、自分の研究を進める期間でもある。研究課題を見付けて、実際に動き始めるのがこの時期には求められるというモノだ。
「私達は魔について、もしくは白の乙女についてを研究しよう」
夕食時にアリアがそう言って私達を鼓舞する。それは勉強と実益を兼ねた研究だ。機密に触れないするならば。
「私とロイスは闇の魔法を使うから、研究したほうが良いと思うのよ」
不満げな私達に向けてアリアはお願いのポーズをとる。その後ろでロイスも困った顔をしながら、同じようにお願いのポーズをとっている。
「まあ、各自自由だしお兄様に確認してみて?」
私は二人の勢いに負けそう言うと、二人は手を繋いでスキップするかのように外に出ていった。
「ねえ、アル。ロイスとアリア何時になく積極的よね?」
私がアルにそう問うと、アルはため息交じりに応える。
「わかんねえよ。でもあいつらが、何かをしようとしてるのは分かる」
アルは訝し気にそう言うと、アリアとロイスの向かった先を見つめる。
「悪い方には転がらないと思うよ」
シリウスはそれだけ言うと、誰もいなくなった戸の外を見つめる。ロイスとアリアは闇の魔法を使う。感受性が高い。私は胸に残る違和感を大丈夫だと誤魔化しながら、今まで生きていたのだ。
「私の目が黒いうちは、誰も死なせないわ…」
私は誰にでもなく自分にそう言うと、足早に去っていく周囲の男性を冷たく視界にとらえるのであった。