不安定な決意
とっくの昔に忘れ去った記憶。
私たちは産まれた時は、互いを認識していた。二人で一人。そんな存在だった。
お互いのことは何でも分かったし、口裏合わせも完璧だった。何故ならベルトリアと私は記憶も共有していたから。その為かベルトリアは自分の運命を私の記憶を通して知っていて、主人格を私として表に出るようにお願いしてきた。
私も破滅が嫌だったから快く受け入れて、二人で役割をうまく分担して生きてきたと思う。成長に合わせて互いの考えが読めるようになってきて、段々一緒のことを考えるようになってきて、そのうち私たちは混じり始めていた。
そうやって私たちは、一緒の存在として共存を始めていた。
『何となくだけど、前より貴女を認識しやすくなってる。離れちゃったのかも』
「でも今はそれでいいよ、私たちはいつも一緒なんだから。いつかまた」
『そうだね、あんな未来にたどり着かないために』
「貴女を不幸にはしないわ」
頭に響くベルトリアの声と会話する。
こうやって話をするのも久しぶりだ。小さい頃はこうやって会話をしていたっけ。子供心に誰にも見つからないように、夜寝静まった後に。
『お父様とお母様は気付いていたのね。私もお話したいわ』
「それがいいと思うの。私はあの人たちの娘じゃないから」
『そんなこと…』
ベルトリアの戸惑った声が頭の中に響いた時、扉をノックする音が聞こえた。
「お嬢様、夕餉の時間です」
「わかったわ」
私は静かに立ち上がると決意を胸に、扉へ向かった。
食堂へ着くと既に両親が揃って私を待っていた。
「ベルトリア、待っていたよ」
「お待たせしてごめんなさい、お父様」
お父様は改まって私を迎えた。
私はこの時間が何かを変えるターニングポイントとして、立ちはだかっているように感じてしまう。
きっと私は、話すのが怖いのだろう。拒絶が怖いのだろう。
拒絶されたらきっと私はこの世界の強制力に負けてしまうのだろう。悪役としてしょうもない嫌がらせをして、貴族の恥さらしと罵られ社交界から消される。二度と表に出られなくなり、蔑ろにされすぐに死ぬ。
ああ、自分の未来に足がすくむ。
「さあ、夕食を食べよう」お父様の一言で料理が運ばれ始め、私は一息つく。
ここまで来たら考えても仕方のないことだ。味のしない料理を美味しげに食べ、胃に詰め込んでいく作業が始まった。
息の詰まる夕食を終え、私たちは談話室へと移る。
向かい合ったソファに両親が腰を下ろし、私も向かい合って腰を下ろす。
『大丈夫よ、そばにいる』
「ありがとう」
小声で会話をする私を両親は不思議そうに見つめる。
私何でもないような顔をしてごまかし、お父様に話を促す。
「お父様たちは、魔力感知に優れてるのは家系だと言いました。それはなぜ?」
両親は静かに目を合わせると、お母様から口を開く。
「貴女に言ってない事の一つなのだけど、私たちのそれぞれの血筋が起因なの。貴女の母である私はエルフの血を引いていて、貴女のお父様は妖精の血を引いているの」
お母様の話を要約すると、古くより私の母方の家系はエルフ、父方は妖精と夫婦の契りを結ぶことが多い家系のようだ。一度血を引くと互いに引き合わされるように、数代に一度それぞれと結ばれる。ちなみにお母様はかなりエルフの血が濃く引かれたようで長寿、お父様は妖精のバンシーの血を引いた一族で、妖精の特徴を色濃く持った先祖返りらしい。
「私たち夫婦はそれぞれの一族の特徴が色濃く出ている。その為に二人とも長寿で、人間より妖精や精霊に近い。ああ、エルフも精霊の一種といわれているのよ。」
「この種族たちは魔力の塊と言っても過言ではないくらい、魔力が体の構成要素になっている。そうなると魔力の流れが目に見えたり、感じ取ることが当たり前のようにできるようになる。それでこの家系は両者ともに魔力感知に優れた状態なんだ。」
両親の説明を聞きながら私は静かに納得する。だからバレたのだ。
隠しようがなかったのだ。些細な感情の揺れが。魔力の乱れとして両親には丸見えなのだろう。
「そうなんですね。納得です」
私は小さく他人行儀に話をする。
「トリアちゃん?」お母様が不思議な顔をして私を見つめる。
お父様とお母様が話をした後は、私の番だ。
私は開いては閉じ、パクパクと言葉を吐き出そうとして失敗し続ける口を恨めしく感じる。
『私から、話始めようか』
ベルトリアの声が頭に響く。私はそれに身を任せ、主導権を彼女に譲った。
その瞬間両親の雰囲気ががらりと変わり、空気が静まっていった。