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水の神殿の事情⑥

 白い鯨__ケートスまでもが現れた。

 とんでもないスピードでこちらに向かって来る巨体に、マリは白目を剥きそうになる。


「この球の中では攻撃出来ない……。破れて、海の中に放り出されてしまうから。僕一人だったら、それでもいいんだけど……」


「うぅぅ……。どっちにしろ死ぬしかないじゃん」


 マリは神を呪いたくなった。こんな不運の連続、どうかしてる。


 なす術もなく、白鯨と、海底の化物を交互に見る。


 ケートスが間近に迫る。超音波を出しているのか、球の中の空気までもビリビリと震える。

 

(これで終わりなの? 私の人生……)


 無力感に包まれる。

 16年の短い人生ではあったが、それなりに努力してきたし、ちゃんと夢もある。こんな異世界で死ぬわけにいかないけれど、自分の力じゃ、生き残れなかった。


(死んだら、ゴーストになってやる!!)


 ケートスの巨大な口がパカリと開く。キャンプカーすら余裕で飲み込んでしまいそうなそれは、いとも容易くマリ達が入っている球を口の中に吸い込んだ。


「……っ!」


 視界が暗くなった。いつの間にか繋いでいたグレンの手をギュッと握り、恐怖に耐える。


(睡眠の魔法があるなら、かけてもらえばよかった。そうしたら、痛い思いをしなくて済んだのに)


 マリは鯨の身体の構造を知らないが、何かを食べる時は、当然噛み砕くだろう。その痛みを想像するだけで、ゾワゾワする。だけど、予想に反し、いつまで経っても痛みは訪れない。

 身体が滑り台の様な急斜面を移動するだけだ。


「なんなのー!?」


「……どこかに運ばれてる」


 ギュッと瞑った瞼の裏側が明るくなった気がした。

 そして、急に床が抜けた様に、落下する。

 硬い何かに強かに身体を打ち付け、痛みに呻く。

 恐る恐る目を開いてみると、白く、シンプルな部屋の中にいた。


 天井や壁がボンヤリとした白い光を発している。モダンな感じの部屋だ。

 この世界にあるにしては現代的すぎて、マリは酷く不安な気持ちになる。これは死の間際に見せる夢か、それとも天国なんじゃないだろうか?


「マリさん無事……?」


 隣からグレンの声がした。彼も一緒に居る事に心からホッとして、その身体に突進する。

 胸に額をくっつけ、グリグリと押し付ける。


(うぅぅ……、私何やってんだ! 犬か!)


 マリの冷静な部分が、自分の行動に呆れ果てるが、全く離れる気にならない。


「……怪我でもした? 治せそうなら治すけど……」


「ない」


 気まずいくらいに静かな空間の中で、グレンに子供の様にしがみつく。

 額に触れる湿っぽい服なんて御構い無しだ。

 大きな手がポンポンと背中を叩いてくれるのが心地いい。彼は親が居ないのに、何で泣き虫を宥める方法を知っているのか。

 そんな事を考えていると、だんだん頭がまともに働くようになっていった。


「部屋の中を見て回ろう」


 ハッキリとした声で告げると、「……えぇ?」と意外そうな声を上げられる。


「もう落ち着いたの?」


「落ち着いたし! アンタは今の事を今すぐ忘れる!」


 マリがジト目で睨むと、グレンは面白そうに笑い、コクリと頷いた。


 二人で立ち上がり、壁沿いに歩く。

 床と壁は同じ材質で作られているみたいなのだが、マリが知っている範囲では、地球上のどの材質とも違っていた。

 そっと壁に手をつく。

 すると、触れた所がグンニョリと歪んだ。


「わ……!?」


 驚き、手を離す。

 壁に開いた穴は直ぐに収縮していく。だけど、今見えているのは海の風景に他ならない。しかも移動している様だ。


「ここ、あの世じゃない!」


「うん。……もしかするとケートスの腹の中なのかも」


「嘘!?」


 グレンは楽しそうに、自らの手を床に当てる。

 やっぱりそこに小さな窓が出来て、海底を見下ろせた。


 死んではいなかったようで、深く安堵する。

 でも、神獣の腹の中に居るのは、それはそれで問題があるだろう。


「鯨って、哺乳類なのに、何で腹の中がこんなにシンプルなの? もっと臓器とかあるんじゃ?」


「……神獣の身体がどうなっているのかは、誰も知らないかも」


 成る程と思う。普通の生き物に当て嵌めて考えない方が良さそうだ。


「ここが腹だとして、どうやって外に出たらいいんだろ?」


「ケートス自らが飲み込んだわけだし、向こうから接触してくるかもしれないよ」


「そんなもん?」


 マリは自分が食べた生き物とコミュニケーションを取ろうと考えた事すらないので、イマイチピンとこない。

 ケートスが接触する絵面をイメージしようと頭を悩ませていると、どこからともなく、賑やかな声が聞こえてきた。


「人の声!?」


「……セバスさんの声に似てる様な……」


「セバスちゃん!? た、確かに!」


 グレンに言われてみると、聞こえてくる声がセバスちゃんの物にしか思えなくなった。

 てっきり、小島の化物に殺されてしまったと思っていたので、マリの心に喜びが満ちる。


「セバスちゃん、一体どこだ!」


 彼の声がすぐ近くで聞こえたと思ったら、天井がびょ~んと伸び、床の上に人間を二人落とした。


「痛い! あの鯨め!!」


 丸っこいフォルムの人物が飛び起きる。どこからどう見てもセバスちゃんだ。その隣で、倒れたままヒクヒクと笑っているのは、公爵だ。


 マリは無事な二人の姿に大喜びした。


「セバスちゃん! 公爵! よかったー!!」




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