水の神殿の事情①
マリ達は塔から50m程離れた所にキャンプカーを停め、下車した。塔の入口付近に、物々しく武装した人々がいる。こちらを警戒しているのか、集まり、何やらかを話し合っている。
直ぐにそちらに行かず、今来た一本道を振り返る。鯨はやっぱり追いかけて来ていない。
「ケートスが追いかけて来なくなったのは、マリお嬢様がオイルサーディンを投げたからというのは本当なんですか!?」
マリがキャンプカーを降りる前にした話は、セバスちゃんには信じがたかったらしい。つぶらな目をパチパチさせている。
「だってオイルサーディンを投げたら、ケートスが止まったんだ」
「あの美味い食べ物にそれほどの殺傷力があるだなんて……! 今日から『白鯨殺しのマリ』と名乗るといいでしょう!!」
「嫌だよ。っていうか、死んではいないんじゃない? 死体になってたら、プカーって浮くでしょ?」
「神獣の死に方は分かりません……」
「まーね……」
セバスちゃんと会話していると、塔の入口付近に居た者達が、鎧をガチャガチャ鳴らしながら駆け寄って来た。マリは似た鎧を、土の神殿で見ている。恐らく、今来た者達は神殿騎士なのだろう。
その中から、育ちの良さそうな焦げ茶色の髪の男が進み出る。
「貴方達、白鯨に襲われていましたね!? 看板に注意書きがあったはずなのに、何故ここまで来たのです?」
「あー看板……」
マリは、一本道に入る手前で目撃した、看板だったであろう物を思い出す。
「壊れていたけど」
「な!? 直ぐに見に行かなければ!! 誰か行ってください!」
それに応え、神殿騎士の男女二人が、どこかに駆けて行く。焦げ茶色の髪の男は、眉を八の字にしたまま、マリ達に視線を戻す。
「貴女達は何用で水の神殿にいらしたので?」
少し離れた所で沖の方を見ていた公爵が、近づいて来た。
「僕はフレイティアを治めるイリア・ダルザスだ。王家から、ケートス討伐の件で派遣されたんだけど、連絡をもらってないかい?」
「貴方はフレイティア公爵ですか!? 少しお待ちください! 今フレイティア公爵が仰った件の連絡を貰っている人はいますか?」
神殿騎士が、同僚らに問いかける。しかし、誰も伝達を受けていないのか、揃って首を傾げている。
「連絡が上手く伝わってない……?」
「……のようですね」
セバスちゃんと二人でコッソリ呆れていると、塔の方から若い女の声が聞こえてきた。
「マリ! フレイティア公爵! セバスさん!」
金髪縦ロールを揺らし、女性が一人駆け寄ってくる。数日前に会った水の神殿の神官アリアだ。知人の顔を見て、マリはホッとした。
「アリア! 無事に水の神殿に帰って来れてたんだね。よかったよ!」
「ええ! まさか貴女達が来てくださるだなんて思ってもみなかったわ!」
アリアは数日前に別れた時よりも顔色がずっと良い。そして、マリ達との再会を心から喜んでくれているみたいだ。
「アリア。プリマ・マテリア本部から、僕達が来ると連絡を貰ってない?」
「プリマ・マテリアから連絡は貰ってますわ。でもこちらにいらっしゃるのは、未来の最高神官様と勇者二人、Sランクの冒険者四名、そして王都の騎士達としか……」
公爵の問いに答えながら、アリアの目が大きく見開かれていく。
「まさか、貴方達の中に勇者がいらっしゃるの!? もしかしてセバスさん!?」
「え、ええ!? 違います! 私は勇者っぽい見た目かもしれませんが、勘違い!」
セバスちゃんは激しく首を振り、否定する。アゴの脂肪がブルンブルンするのは愛嬌だ。
何故アリアがセバスちゃんが勇者だと思ったのかは、考えない事にし、グレンの背中を押す。
「勇者はグレンだよ」
「……まぁ、一応……」
「あら! そうなのね!」
アリアは肩透かしを食らったかのような表情になったが、直ぐに感じ良く「大神官に会わせるわ」と、塔の中に案内してくれた。神殿騎士等はアリアに任せればいいと思ったらしく、散って行った。
塔は外側がかなり神々しかったが、内部も負けていなかった。芸術的価値を感じさせるくらい作り込まれている。
吹き抜けの空間に、大理石で出来た巨大な魚の石像が積み上げられていて、天井から流れ落ちる水がそれを伝い、この階の水路を潤す。
水の流れる音や、高めの湿度のおかげで、ちょっとした癒しが感じられる。
地下に空間が広がっていた土の神殿と違い、ここは上にも下にも、人が過ごすためのスペースが設けられていて、各階の床が互い違いに設置されている。
人力エレベーターに乗り、上の階まで行く。連れて来られたのは、四阿の様に優美な柱で区切られた小部屋だった。
「今大神官を呼んで来ますわね」
アリアはマリ達を残し、再び人力エレベーターで上に昇って行った。




