水の神殿で待ち受ける脅威⑨
水の神殿へと続く道の手前で、木の看板の様な物が破壊されていた。
そこに書かれている事は当然読めず、キャンプカーはそのまま素通りした。
海上の一本道に差し掛かる。
マリは助手席側の窓を全開にし、海面の下を見る。
水深は浅いと予想していたのに、案外深い。そして沖に進む程に海底が見え辛くなる。おそらくキャンプカーが落っこちたら、屋根までトップリと沈んでしまうだろう。
嫌な想像をしてしまい、マリは青い顔で窓を閉めた。
水の神殿はまだ遠い。あの輝く塔に着く頃には、水深は相当深くなっている気がする。
「この道、潮の満ち引きで消えてしまったりしないよね?」
楽しそうに運転している公爵が、マリの問いに答える。
「伝え聞く話によると、水の神の力で、神殿に続く道はいつでも安全に保たれているらしいよ」
「でも今、水の神は神界にいるんだよね?」
「だねぇ……」
公爵の声が不自然に弱々しくなる。
彼の視線を辿ると、やや遠くに、白く巨大な物体が海面に浮かんでいた。
「何あれ? 氷河?」
違和感があり過ぎる光景だ。目を凝らして、その白くツルツルな物を見ていると、急に中央部から水が噴き上がった。
水の神殿のオブジェなんだろうか? 水はキャンプカーにまで届き、フロントガラスを水浸しにした。
「変なオブジェ置かないでほしいね。あ、ワイパー動かした方がいいよ」
公爵に指摘すると、すぐに対応してくれ、フロントガラスで黒い棒が左右に振れる。
「マリちゃん、嫌な予感がしない? あの白くて丸っこいやつってさ……」
彼が言わんとする事はすぐ分かった。白い物体は動いている。というか、このキャンプカーの後を追っている!
「あ、あれって、もしかしてクジラ……?」
「ケートスとかいう名前だったりしてね」
公爵が神獣の名を口にすると、それに呼応するかの様に、海面が盛り上がり、クジラの白い頭部が現れた。
「うわぁ……」
頭上に二本の鋭い角が生えていて、その中間に光る玉が浮いている。狡猾そうな青い目は、シッカリとキャンプカーをとらえているようだ。
白鯨の側に、勢いよく水柱が立つ。天まで届こうかというそれを、マリは唖然として見上げる。
水柱は、そのまま立ち続けてはくれなかった。一瞬にして芯を失ったかのように、ヘナリと傾ぎ、瞬き一つの間に、ズズンッとキャンプカーの上に降り注いだ。
「えええ!? 攻撃されてるよ! スピード出して! 逃げよ!」
「今100km出してるんだけどね、余裕でついて来てるね……」
公爵はアクセルを深く踏み込み、キャンプカーを更に加速させる。
それでも白鯨を引き離す事は出来ない。
普通の鯨の泳ぐ速度は知らないが、速すぎるんじゃないだろうか?
「白い鯨が追いかけてきてません!?」
セバスちゃんとグレンが、運転席の方まで来た。キャンプカーが置かれた状況に気がついたようだ。
「……たぶんケートスだ」
「やっぱりか」
グレンの告げた名前に、マリは唇を噛む。グレンとケートスが戦うためにここまで来たわけだが、こんなに早く現れるとは思わなかった。四人で会話していると、ケートスは泳ぐ速度を上げ、キャンプカーに並ぶ。
僅かに離れたのは、こちらに興味を失ったからじゃない。直ぐに急接近し、水飛沫を上げながら道に体当たりした。
セバスちゃんが情けなく叫ぶ。
「ひえぇ!? キャンプカーごと海につき落とそうとしてやがる!」
「ぐぅ……。血も涙もない奴だなぁ!」
マリは助手席から立ち上がり、キャンプカーの後部に走る。
そこから窓の外を見ると、今通り過ぎた道には、大きな亀裂が走っていた。
ケートスがキャンプカーよりも速く泳ぎ、体当たりして道を壊したら、キャンプカーが海に落ちる可能性が高くなる。
「どうしよう!」
キッチンスペースまで戻ると、ケートスの白い身体がよく見えた。
助手席からグレンが魔法で攻撃し始めたのか、ケートスの身体にパリパリと電撃が走る。
__フォォォォオオオオオオン!!!
空気を震わせる白鯨の鳴き声。怒ってしまったのは明らかだ。
ケートスの周りにいくつもの水柱が立ち上がる。
(このままじゃやばい!)
何か使える物はないだろうかと、キッチンスペースを見回す。
カウンターの上のメイソンジャーが目に入る。中に入ってるのはオイルサーディン。
それを見ていると、何故か水族館での光景を思い出した。ジンベイザメにスコップを使って大量の小魚を食わせていたのだ。
(やるだけやってみるか!)
メイソンジャーを掴み、蓋を開ける。ケートスの腹が減っている可能性に賭けたい。
窓を開き、ケートスの頭に向かって、メイソンジャーをぶん投げる。
白鯨の泳ぎが止まる。
(あ! 興味持ってくれたのかも!)
カウンターに戻り、メイソンジャーをさらに二つ持って来て、どんどん投げる。
鯨は付いて来ない。
オイルサーディンが足止めしてくれたのかもしれない。
「やった!!」
「よし! 水の神殿の障壁の中に入れた!!」
運転席側に行くと、目の前に巨大な塔が立っていた。外壁は青白く輝き、上部から幾筋もの水が流れている。
(これが、水の神殿か!)




