水の神殿で待ち受ける脅威⑦
食べた事の無い食材を味わうのは、旅行の楽しみの一つだ。それは異世界だって同じ。
帰るまでの間に、出来るだけ多くの種類を食べてやろうと考えている。
公爵はマリの質問に、「うーん」と唸った。
「僕も食べた経験がないね。でも人の感想は二分されてる感じだよ。美味しいと言う人もいるし、不味いと言う人もいる」
「好みの問題なのかな~。ちなみにロック鳥は、草食と肉食、どっち?」
「雑食だね。草や穀物、昆虫、他のモンスターや動物、何でも食べるらしいよ」
「なるほどぉ……」
基本的に肉食の動物は美味しくない。だが、雑食だと、その個体の食生活によって結構味が変わる。カラスなんかも、田舎に居る奴は結構味がいいらしいけど、都会に住んでる個体は食べない方が良かったりするらしい。
「試しにこのロック鳥を食べてみよう。案外美味いかもしれないよ」
「うん、そうしよう!!」
「じゃあ、まずは血抜きをしないとね。キャンプカーの脇の木がサイズ的にちょうどいいかな」
「ロープ持ってきますね!」
セバスちゃんがキャンプカーに走り、ロープを持ってくる。マリはそれを受け取り、ロック鳥の足を縛った。
その間に公爵は縄の先っぽに石を括り付け、木の枝目掛けて投げる。
男二人で縄を引き、ロック鳥の身体を引き上げる。枝の耐久性が気になったが、折れずに済んだ。
「一時間位は吊るしておこうか。僕が後で解体して、浄化しておくよ」
「有難う!!」
マリは鶏の解体を一度経験しているが、モンスターの扱いはさっぱり分からない。それだけに、公爵の申し出は有難かった。
(どんな味がするんだろ? 王都でスパイスをたんまり買えたし、肉の味がイマイチでも、誤魔化してしまえるかな。腕の見せ所!!)
未知の食材を前にして、俄然ヤル気が湧いてくる。
銃弾が撃ち込まれていたらその部分の肉は除いてほしいなど、細かくリクエストしていると、森の中から白っぽいモノがフラリと出てくるのが見えた。
一瞬ゴーストかと思ったソレは、よく見るとグレンだった。
マリに手招きしている。
(何だろ?)
不思議に思いつつ、彼に近寄る。
「どうかした?」
「付いて来て」
グレンはそう言い、暗い森の中に再び入った。
夜の森なんて、危険すぎて気が進まなかったが、しょうがなく彼の背中を追う。
周囲がよく見えず、何度か転びそうになりながらも、三分程歩くと、ポッカリと木が生えてない場所に出た。
グレンの足はここで止まる。
森が禿げたこのスペースの中央に、黒い影が鎮座していた。
観察していると、巨大な羽根を羽ばたかせた。羽根の形状から分かったが、ロック鳥の生き残りだ。先程マリ達に攻撃をしかけてきた種族の姿にビビリ、グレンの後ろに隠れる。
「まだ生きてる個体もいたとはね」
「殺した方がいい?」
「別に私の了解を得なくても、勝手にすればいいじゃん……」
危険なモンスターなのはさっきの襲撃で分かっているのに、何故わざわざマリをこの場に連れて来ようと思ったのだろう。
「あのロック鳥、卵を温めてるみたいだから……」
「ああ、だからさっきのロック鳥は、私達をこの巣を荒らしに来たと勘違いして、襲撃してきたのか」
不用意に巣に近付いたから襲われたのだ。だからと言って、やりたい放題にさせておくつもりなんてないし、罪悪感は皆無だったりする。
マリはそう言おうと、グレンの顔を見上げ、ギョッとした。
整った顔に浮かんでいるのは、憧憬と嫉妬。その辺の鳥に対する表情としては、おかしい。
「卵は自力では孵らない……」
ポツリと呟かれた言葉。マリは何となく、彼が思っている事が理解出来る様な気がした。
防犯の意味では、殺した方がいい。だけど親鳥を殺したらどうなるのかを考え、躊躇している。
親の居ないグレンは、親が居ないと生まれ落ちる事も、成長する事も出来ないのだと、実感を持てない。
知識として親と子の関係は知っているから、尚更混乱があるのかもしれない。
だから普通の人生を送るマリに、考えてほしかったのだろう。
(根が真面目っていうか、優しいんだよな……)
もっと適当に生きればいいのにと思う。でも今は、彼の中の感情の揺らぎを握りつぶしたくない。
「ほうっておこう」
「いいの?」
「あのロック鳥は、卵を温めるのに忙しいから、私達を襲わない。寝首をかかれるなんて事はないでしょ」
グレンの腕を引っ張り、「キャンプカーに戻ろう」と促すと、彼はホッとした様子を見せた。
「うん……」
マリ達が撃ち落としたロック鳥の中に、片親が居た可能性が高いわけだが、それは言わないでおいた。自分達は襲撃を受けていたわけだから、当然抵抗する権利があるのだ。




