水の神殿で待ち受ける脅威③
ちょっとした嫌がらせでグレンにハバネロもどきを食べさせてみると、彼は涙目で水を一気飲みした。
辛味に苦しむ姿が面白くて、マリは腹を抱えて笑う。
「……酷いよ」
「あはは! ごめん。でもこれ、慣れるとそこそこ美味しいよ」
「嘘だ……」
「嘘ではない。訓練してくれたまえよ! まーそんな事より、教えてよ。王都ってスパイス系の料理が発展してるの? ナスドさんが振舞ってくれたコカトリス料理にも、ターメリックやガラムマサラの香りがしたし、ちょっと感心してたんだ」
顔を赤くし、恨みがましい目でマリを見つめていたグレンはゴホンと咳払いする。
「……スパイスは王都では手に入りやすいけど、値が張るんだ。だから、料理にたくさんスパイスを使っているこの店は、客層に金持ちが多いんだと思う」
「ナルホドね。いい素材を使ったB級グルメみたいだけど、私達の世界の基準で考えたらだめだね。ちなみにこの世界のスパイスはどこから仕入れてるの? 高いならそれなりの理由があるんでしょ?」
「スパイスは、ダンジョンという危険な所で採れるものが殆どなんだ。ナスドさんはSランクの冒険者だったから、ダンジョンにはかなり潜ってただろうし、入手しやすいんだと思う」
「へ~! アンタの話、初めて面白いと思った!」
「ただの知識だけど……」
「何でもいいよ! この後、スパイスも仕入れて帰ろう! 私も料理に使いたくなったよ」
「楽しみだな」
初めて訪れた地の食材について知るのは面白い。どうやって自分の料理に活かそうか考えだすと時間を忘れてしまいそうになる。腕を組み、ボンヤリするマリの皿の上に、黄色の料理が置かれる。
「冷めないうちに食べよう」
「有難う。これが黄金焼きか」
フォレストサーペントの身に卵を絡めてから焼いたのだろう。黄色い表面にはいい具合に焦げ目がついている。
ナイフとフォークで切り分け、口に入れてみると、ほわん、と卵の優しい味がした。脂がのったサーペントも噛むほどに旨味を感じられ、ハバネロに痛めつけられた舌が癒される。
(う~ん、このギャップを求めて、この二つを一緒に頼むお客さんが多いんだろうな~)
目の前の皿に意識が持っていかれているマリは、このテーブルに近付く影に気付くのが遅れた。
グレンがスッと立ち上がったため、漸く誰かが背後に居るのを察する。
「え!? 何!?」
慌てて振り返ると、黒いローブを着た人物が立っていた。異様な風体の人間は、真昼間の平和なレストランの中であまりに浮いた存在。マリは、口に入れてた物を吹き出さなかった自分を褒めた。
「同席してもよろしいですかな?」
しわがれた声は聞き覚えがある。
「さっき城に居た宮廷魔法使い!」
全身を覆う黒いローブの所為で直ぐに分からなかったが、この人物は、マリをこの地に召喚した爺さんだ。
「左様でございます。実はこの店は私のお気に入りなのです。昼食にと思ったのですが、ちょうど貴女様方がいらっしゃったので、ご一緒出来ればと」
「椅子は空いてるし、一緒でもいいよ」
「有難うございます」
この魔法使いに殺されかけた事を聞いたばかりなので、昼食を共にするのは気がすすまないが、老人に弱いマリは追い払えなかった。
彼はグレンに取り分けられたフォレストサーペントのピリ辛炒めを食べ、派手にむせている。
(辛い物苦手なのか。この店がお気に入りなのは嘘だろうな。私達を何かで追尾したのかも)
フードの中を覗き込むようにして、マリは話しかける。
「私達に何か話があるんでしょ? 早く話せば?」
「バレバレですな……。アレックス様の事をお伝えした方が良いと思ったものですから」
想像以上に興味の無い内容でガッカリする。
折角グレンとノンビリしていたのに、これでは台無しだ。
しかしグレンはマリとは違った。「教えてください」と身を乗り出す。
老人を見る彼の眼差しは真剣そのもの。アレックスなんかの何がそんなに気になるのか?
「うむうむ。では彼を召喚する事になった背景から……。この世界では20年周期で勇者を召喚していると知っておりますか?」
「うん。理由は知らないけど」
「この地に瘴気が満ちる周期が二十年だからです。濃度が濃くなると、モンスターが凶暴化し、魔王が眠りから覚める。強大な力を持つその存在はこの国の者の力では対抗出来ません。なので、異世界の勇者を召喚しなければならないのです」
アレックスはどうでもいいが、自分が呼ばれる事になった理由は興味がある。マリは居住まいを正した。




