王都で会った男は胡散臭さ全開④
馬車で10分程走ると、生い茂る木々の間に白亜の宮殿が見えてきた。
「あれが本部ですわ」
「王族が住むお城かと思った!」
「流石に王城は一回り以上大きいかもしれませんね」
モイスはそう言うが、ホワイトハウスの2、3倍はありそうだ。
「敷地内に礼拝堂や宿泊施設、その他諸々がありますんで、このくらいのサイズでちょうどいいんです」
「ちょっとしたホテルみたいな感じなんですねぇ」
「そーだね~」
セバスちゃんと肩を竦め合う。寄付金で作られている事を思えば、白い外壁が汚れて見えてくるから不思議だ。
「……マリさん、水の神殿の事話さなくてもいいの?」
グレンに言われて、慌てる。予め伝えておかないと、モイスも段取りに困るかもしれない。
「そうだった。モイスさん、水の神殿で起きている事を知ってる? 王都に来るまでの間に、水の神殿の神官に会ったんだけど、救援を頼まれたんだ。誰に伝えたらいい?」
「へーパクス枢機卿に話されるとええと思います。水の神殿を担当されとる方なんで。というか、そもそも貴女に来てほしいと言い出したのはあの人ですから、直ぐにお会い出来ると思いますけど」
「そうなんだ。ちょうど良かった!」
「……てか、自分達でどうにか出来ると言っとったのに、何も出来てへんのよな……」
モイスは冷たい声色でボソリと何か呟いたが、聞かなかった事にする。そもそも水の神殿と、その上位組織の軋轢になんか全く興味ない。
馬車は敷地内に入る。エントランスに続くアプローチの両側には、四体の石像が立っていて、嫌でも目が奪われる。
「神々を模した石像ですねん。手前から土、水、火、風。そういえばマリ様は土の神さんにお会いになったそうですね。似とります?」
モイスは一体の石像を指差す。膝の近くまで伸ばした髪、整った顔、か細い四肢は確かにケレースに似ていなくもない。
「雰囲気は近いかも」
「さよですか。信徒が来たら、選定者のお墨付きだと宣伝しますわ」
(水の神の石像も似てるのかな?)
首を回して水の神の石像を見上げるが、違和感を感じた。馬車が通り越し、だんだんと離れて行くので良く確認出来なかったのだが、イメージと違った。優しげに弧を描く唇や、伏せられた目、柔らかい雰囲気は女性的だ。それに、髪を前側に垂らしてるせいで、胸があるかどうかは分からなかった。
女なんだろうか? でも、記憶が正しいなら、水の神は男ではなかったか?
アリアとの話の中で何かを聞き間違ったのかもしれない。
「勇者って、もしかしなくても、白髪君? デブの方ちゃいますよね?」
「デブとは何です!? ちょっと顔が整ってるからって、調子に乗りやがって! この、ファッキンう○こ!」
セバスちゃんは、モイスの暴言に顔を真っ赤にして怒るが、赤毛の方は、どこ吹く風という感じで、「すんませんすんません」と笑う。マリには丁寧な態度なのに、他には雑なんだろう。
「勇者はグレン。セバスちゃんは執事」
「なるほど、なるほど。これは、感慨深い」
(感慨深いって、何が? 分かる様に話せよ)
彼の話し方が少し鼻につく。
ワザと理解出来ない様に話す奴は人を舐めてると決まってる。信用しない方がいいと、16年の人生の中で学んできたのだ。モイスは要注意人物と考えた方がいいだろう。
馬車を下り、建物の中に入ると、真っ白いローブを着た人々がズラリと並び、一斉に頭を下げた。
ストロベリーフィールド家ではとうの昔に廃止した、この無駄極まりない、お出迎えシステムを採用しているとは恐れ入る。
セバスちゃんと失笑しながら、その間を通り抜け、美しいカーブを描く階段や、絨毯が引かれた廊下を歩く。長すぎる距離に辟易としてきた頃に漸くモイスは立ち止まった。
3階の再奥の部屋だ。扉の側に立つローブ姿の男が巨大な扉を開くと、中に一人の中年男性が居た。
上品な見た目だ。そして、モイスがそうであるように、この人物もローブではなく、繊細な刺繍が施されたガウンを着ている。特別な立場の人間__この男が枢機卿と見て間違いないだろう。
「お会い出来て光栄でございます。マリ・ストロベリーフィールド様。選定者の再来をどれ程の間待ち続けていたか……」
彼は男であるにも関わらず、慈愛を感じさせる笑みを浮かべ、深々と頭を下げた。
「貴方がヘーパクス枢機卿?」
事前にモイスから聞いていた名を確かめる為に問いかけると、頷かれる。
「左様でございます。さ、奥へお進みください。最高ランクの薔薇を蒸留して作らせたローズウォーターを用意しております。1000年前の選定者が好んでいた代物なのですよ」
どうやらマリを奥の金ピカの椅子に座らせようとしているらしい。散々もてなされた後にメンドクサイ頼みごとをされるだろうが、ローズウォーターには興味がある。効果てきめんな餌を用意出来たもんだと感心した。




