魚は食いますが、トカゲに用はありません!⑤
ゴリゴリと金庫のダイヤルを回し、扉を開く。
金庫のど真ん中を占領する神器はどうみても優勝トロフィーだ。神聖さなど一切無い。
ジェンガの様に積んだゴールドインゴッドを倒してしまわないように、それを取り出し、アリアの元に運ぶ。テーブルの上に音をたてて置くと、アリアの表情が少し緩んだ。
「有難う。これに毎日上等のワインを注いで、水の神ネプトゥーヌスに捧げていたのよ」
「お酒が好きな神なの?」
「ええ、そうらしいわ。大昔の大神官が、水の神から、毎日ワインを神器に入れて供えるようにと命じられたの。だから一日も欠かさずにお供えしていたのだけど、リザードマンに神器を盗まれてしまって、一日だけ省いてしまった。そうしたら、水の神が激怒して、神獣を放ち、神界に篭ってしまったのよ」
「一日ワイン飲めないだけで、そんなに怒るって……、短気すぎない?」
「しょうがないわ。約束を破ってしまったんですもの。これは水の神の毎日の楽しみを奪った罰なのよ」
「うーん……、話を聞いてるとモヤモヤしてくる」
土の神ケレースを思い出す。彼女は毎日まずい料理をお供えされても、健気に食べ続けていた。信徒に対して嫌がらせはしていなかったし、今後もしないだろう。
神によって性格は様々なのだろうが、アリアの話の中のネプトゥーヌスは随分傲慢で、水の神殿の神官達が気の毒になる。
「私も正直……ずっとモヤモヤしているわ」
「だろうね! アリアは直ぐに神殿に戻らないといけないの?」
マリの問いに対し、アリアは微妙な反応を見せた。
「神器を取り戻せて、とてもホッとしているわ。でも、これを持ち帰っても、水の神にワインを捧げられないの。だから、もっとやる事がないかと考えてる」
「ワインを捧げられないのは、水の神が神界に篭ってしまったから?」
「そうよ。それもある。というか、大元の原因はそこなのだけど……」
「うん」
「つい二日前、水の神が呼び出した神獣が水の神殿内の聖域を大量の水で満たしてしまったの」
「あぁ、聖域ってお供え物を置く場所なんだっけ?」
「なんで知ってるのよ!?」
「この間、土の神殿内の聖域に入らせてもらったからね」
アリアは驚きの表情を浮かべた。何か変な事を言ってしまったのだろうか?
「念のため聞くけど、貴女、土の神殿の神官なの?」
「ただのセレブ料理人だよ! 土の神の信徒でもないね」
「信じられない……。そんな人でも聖域に入る事が許されるのね。特別な存在なのかしら……」
ブツブツと独り言を言い始めたアリアに、肩を竦める。彼女は自分の価値観が覆されたのかもしれないが、だからといって他人行儀にされると居心地が悪くなる。
空気を変えるためにしょうがなく、彼女の話の中で疑問に思った事を聞いてみる事にした。
「聖域の水、魔法でどうにか出来なかったの?」
マリは魔法というものを良く知らないのだが、聖域の状況を、お湯が入った風呂の様にイメージしてしまい、魔法で汲み出せるんじゃないかと考えた。
「勿論、魔法で脱水を試みようとしたみたい。だけど、神獣の妨害で、聖域に入りつづける事すら難しいみたい」
「そうなんだ……」
嫌がらせにも程がある。
マリは、「信じる神を変えたらいい」と、無神経な事を言いたくなり、口の中にクッキーを入れ続ける。
最近、考えなしな言動を改めようと、心がけているのだ。
「神殿に戻る前に、私に出来る事が何かあるんじゃないかって思うのよ」
「でも……。アンタの役割は、神器を取り戻すだけなんだよね? 重要な任務だと思うし、やり遂げたんだから、後は落とさない様に気をつけて持ち帰ればいいんだよ。神器を神殿内に戻せたら、他の神官の人達もホッとするんじゃないかな」
「……そう。そうね。私ったら、盗人を追っている間に色々考えすぎたみたい。自分の任務をやり遂げるのが一番大事なのに」
「大変な状況だし、仕方がないよ。これ飲んで朝までゆっくり寝て。神殿に帰るのは朝食後ね」
マリは梅こぶ茶をマグカップに入れ、アリアに手渡す。神殿までの道がどうなっているのか知らないけど、夜中はあんまり出歩かない方がいいと思う。
アリアはマリのお節介を不快に思わなかったらしく、クシャリと笑って頷いた。
「そうさせてもらおうかしら。気を遣わせてしまって悪かったわ」
「どうって事ないよ。ふぁ~眠くなって来た。王都に着いたら居眠り出来なさそうだし、早く寝ないと」
「王都ですって!? 貴女王都に行くの!?」
「……そうだけど」
呑気に欠伸をしていたマリは、アリアの勢いにビビる。
何故そんなにも熱い眼差しをマリに向けてくるのか。嫌な予感がする……。
「ねぇ、お願い! 王都のプリマ・マテリア本部に行って水の神殿への救援要請をしてちょうだい! 大神官が自分のプライドのためだけに、水の神殿の術者だけで解決する気なのだけど、無理だから!! 聖域に入れなくても、神獣をなんとかしてほしいのよ!」
「いや、でも。アンタが寝てる間に救援をお願いしてるかもだし……」
「お願い!」
「う~~」
プリマ・マテリア本部から呼び出しをくらっているマリなのだが、スルーする気まんまんだった。でも必死なアリアを見ていると、かなり断りずらい。
マリは面倒ごとに巻き込まれつつある事を察し、呻いた。




