魚は食いますが、トカゲに用はありません!①
キャンプカーは防砂林を抜け、なだらかな丘陵地帯を走る。
川沿いに引かれた街道沿いには、小さな集落が点在し、人の手できちんと整備された果樹園が広がる。
車窓から見える人々は誰も彼も楽しげで、この辺の土地の豊かさを思わずにいられない。たぶん王都に近いという事もあり、大都市の食糧庫としての役割を与えられ、ちゃんとした見返りを貰えているのだ。
マリ達は観光気分で流れゆく風景を楽しんでしまい、朝食の後片付けや洗濯が終わったのは、昼に近い時間だった。
セバスちゃんは、キャンプカーを運転する公爵と会話するため、助手席に向かい、マリは引き続きキッチンに立つ。
エプロンの紐をギュッと縛り、気合いを入れ直す。
グレンと公爵が釣って来たプロメシスサーディンの処理をしないままダラダラするわけにはいかない。
量が多すぎるので、大部分を保存する必要がある。冷凍してもいいのだけど、一手間かけたい気分になっている。
発酵する事で一度でアンチョビ&ナンプラーという二種類の食材をゲットする調理も考えたが、仕上がりに一ヶ月かかるため、それはやめて、オイルサーディンにする事にした。
ちょうどいい事に、グレンが手伝いを申し出てくれたので、助手にした。
マリは彼に包丁を使わずにイワシを開く方法を説明する。
「__親指を胴から尾に向かって引くようにして、骨を全部とる……こんな風にね」
イワシの背骨の下に指を入れ、滑らす様に動かし、尾の近くで骨を折る。綺麗に開けたイワシと背骨をグレンの前にぶら下げ、ドヤ顔すると、彼は「おお……」と感嘆の声を漏らし、トレーの上からイワシを一匹取った。
「……やってみる」
「どんどんトライしてみて」
アボガドの処理の件で彼の要領の良さは分かっているので、付きっきりにならなくてもいいだろう。
ステンレスボールを取り出し、食塩水を作る。そこに開き終わったイワシを投入したところで、声がかけられた。
「マリさん、開いてみたんだけど、見てもらっていい……?」
思った以上の早さだ。
「どれどれ……、むむぅ……いい感じ!」
完璧と言って良いだろう。オイルサーディン用なので、小骨はなるべく綺麗にとるべきなのだが、全く残ってないようだ。
「良かった」
彼はホッとした笑顔を見せた後、再び作業を再開した。こういうチマチマした作業を黙々と出来る人は好感度が高い。
「開き終わったイワシはこの食塩水に入れて。味付けと保存の為に一時間は浸さないといけないんだ」
「結構重要なんだね」
「そうそう。忘れちゃ駄目なポイントだね」
グレンはマリの説明に、興味深そうに頷き、開き終わったイワシを食塩水に入れてくれた。オイルサーディン用のイワシは全て彼に任せてしまってよさそうだ。
(私はお昼ご飯用にイワシを調理しようかな。日本風につみれ汁とか? あ! そういえば背骨って、油で揚げると美味しいんだっけ!)
久々に魚を調理するので、マリのテンションはグングン上がる。だけど、グレンにバレるのはちょっと悔しいので、平静を装う。
(ガキだと思われても嫌だしね。さーて、つみれつみれ~~)
わざと小骨を残した状態のイワシをまな板に乗せ、二刀流の包丁でドカドカ叩く。音に驚いたのか、グレンが近くに寄り、微妙な顔をした。
「……もしかして、イライラしてる?」
「ストレス発散にもってこいって感じ。ムカつく奴をグチャグチャにしてやるイメージ」
にやりと笑って冗談を言ったが、彼は間に受けたらしい。青ざめた顔で、持ち場に戻って行った。
(アイツ絶対私の事、狂人か何かだと思ってるよね。自分の事棚に上げんな!)
ミンチにする力はより一層強くなる。
作業はそのまま捗るかと思われたが、キャンプカーが急停止してしまったため、中断せざるをえなくなった。
慌てた様子のセバスちゃんと公爵が車両の前方からやって来る。
「二人共、どうかした?」
「公爵と運転を交代したんですが、人身事故を起こしてしまいました!」
「ええ!? ちょっと、勘弁してよ……」
人身事故は、自動車を運転する者が一番恐れている事ではないだろうか? 運転していたセバスちゃんは顔面蒼白だし、雇い主であるマリはショックのあまり、包丁を床に落としてしまった。
「大丈夫! この車にぶつかってふっとんだ奴は、まだピクピクしていたから、息はある。僕とグレン君で治癒したら元通りになるよ」
公爵は意気消沈する二人を見かねたのか、明るい調子で励ましてくれた。
流石ファンタジー世界の人間は言う事が違う。マリとセバスちゃんは救いの神とばかりに公爵を見上げ、コクコクと頷く。
「……急ごう、取り返しの付かなくなる前に」
グレンに急かされ、マリは深呼吸してからドアから外に出た。
__ぐぅぅ……
少し離れた草むらの中からうめき声が聞こえる。その声質は、人間のものにしてはくぐもり、ネチョネチョしている。嫌な予感がするが、加害者としての義務を果たすために近寄る。
真紅の布地が目に入る。フード付きのローブだ。しかし、その中を見て、息を飲む。顔部分が紺色の鱗に覆われ、瞼が白い。金色のトロフィーの様な物を大切そうに持つ手にはヒレがあり、どう見ても普通の人間ではない。イグアナに近い見た目だ。
「半魚人!?」
マリは後退りし、小さく悲鳴を上げた。




