新たな冒険③
キャンプカーを停めた場所は、森の中なのに木々が枯れ、拓けた様になっていた。
試験体066は水の剣を出すと、幹が折れてしまった木に近付き、それを膝の高さで切断した。
「ここに座って……」
「うん」
水の剣はよほど切れ味が良いのか、木の切断面はツルリとして座り易い。
マリが木の座り心地を確かめている間に、少年はテキパキと倒した木の幹や枝を集め、魔法で火を起こす。
少しずつ暗闇に目が慣れつつあったマリだが、焚き木の明かりで周囲がよく見える様になると、心にゆとりが生まれた。
「アンタも座れば?」
彼はコクリと頷き、地面に直接腰を下ろす。
温くなったホットココアを手渡す。マシュマロはもう溶けて無くなっていて、少し残念。
「有難う……」
マグカップにソッと口付ける彼の様子を眺めながら、話の糸口を探る。世間話から入るべきか、いきなりキツめの話をするか。薪が燃え尽きるまでに話を切り上げたいのに、決められない。
「……ニューヨークにある研究所から脱走したのは、自由が欲しかったから……」
話の口火を切ったのは、少年の方だった。マリは慌てて頷く。
「いずれこの世界に渡り、勇者としての使命を果たす為、僕は創られ、ずっと訓練漬けの日々だった」
「あらかじめ決まってたんだね」
「うん。二十年前勇者と共に世界の狭間を渡った男が、大企業の御曹司? だったらしくて……、この国の国王との約束を守り、会社のクローン技術で勇者のクローンを作ったと聞いた」
「え……」
これから国王との謁見の為、王都に行くわけだが、少し心配になる話だ。試験体066の話では、彼はこの世界の統治者の願いで生み出された存在らしい。それなのに、国王はアレックスを勇者として受け入れている。
試験体066の訪れを待っているのか、いないのか。
いずれにせよ、面倒事の気配を感じずにはいられない。
「僕は普通の人間じゃない」
「でも、アンタは、自分の意思で逃げ出した。普通の人生を歩みたかったんじゃないの?」
「そうだよ。だけど、無理だって気がついた。実際にはコピーより酷い……、爆弾を抱えた危険物だよ。君や市民を巻き添えにしてまでも魔王を消し去ろうとした……」
自分は巻き込まれるかもしれないと思ったが、市民まで道連れにする威力だったらしい。思わず眉間に皺が寄る。
「二度としないって約束してくれない?」
語気が強くなった。だけどこれは譲れない。
「アンタは、ちょっとズレてて、……ギャグ一つ言えないつまらない奴だけど! アンタと数日過ごして、私はアンタを普通の友人みたく思える様になったよ! アンタは私をどー思ってるか分かんないけど! 私の事、生きてても死んでもどうでもいいって思ってるかもしれないね! だけど……、独断で、全部終わりにしないでくれないかな!?」
少年は、早口で言いたい事を捲したてるマリの顔を、そして自らの手の平を途方に暮れた様に見る。
「約束したい。……でも、このスキルは、自我が目覚める前にはもう備わってたと思うし、……先日の件から想像すると、自分の意思では制御も無理そうだ……。だから……」
彼は顔を背け、「ごめん」と呟く。
悲しい返事だ。彼の命は、彼自身の意思とは別の所で握られているらしい。たとえマリを巻き込まなくても、ちょっと離れているうちに死ぬかもしれないのだろうか?
珍しく泣きたい気持ちになり、マグカップを下ろす。
空いた右手を伸ばし、開かれたままの彼の手の平に重ね合わせて、ギュッと握る。
(二度とスキルが発動しません様に……)
こんな祈りは何の意味もない。ただの自己満足だ。
目を閉じ、手の皮膚や骨、筋肉、そして体温を感じ取る。すると、更に奥にうねりの様な流れがある事に気がつく。
(ん……?)
それが気になって仕方がなくて、親指を彼の手の平の中央にグッと突き立てる。
「マリさん、痛い……」
「ちょっと静かにしてくれる!?」
「あ、うん……」
ある。確かに、血液とは違う何かが動いている。何だこれは、何なんだ?
辿る様に探っていくと、巨大な力にいきあたった。
背中がザワリとする。たぶんこれは、介入してはだめなやつだ。だけど、力の一部に、先日彼が使ったスキルの気配がある。ちぎり取れるかもしれない……。
そう思うと、やらずにいられない。
もう一度強く念じる。
(“自爆スキル”消えろ!)
マリと少年の触れ合っている箇所が、火傷しそうな程の熱を持つ。マリは今、少年の根源に介入した。今消失していったのはきっと……。
いつのまにか近い位置まで近付いていたらしい。困惑した様に揺らめく、綺麗な瞳が目前に迫っていた。
「マリさん、今何かした?」
「……別に」
マリは彼の手の平をペイッと捨て、ニヤリとする。




