嵐の傷跡④
公爵の邸宅に近付くと、路沿いに多くの馬車が止まり、御者同士が談笑している。彼等の主人達は、公爵に用があり、訪れているのだろう。
マリの顔は彼等にも認知されているようで、側を通りすぎると、友好的な笑顔を向けてくれた。
御者達に手を振りながら、破壊されたままの門扉をくぐる。
ポーチに一人、青年が立っている。
彼はマリ達の姿を目に留め、軽く飛び跳ねるように、手を振る。
「マリさん! セバスさん! ようこそお出で下さいました。公爵がお待ちです!」
相変わらず爽やかな公爵の従者が、上品に礼をしてくれた。
「チェスターさん、おはよう!」
「おはようございます。チェスター殿」
チェスターに付いて来る様に言われ、マリ達は彼の後を追う。
邸宅の中には身なりの良さそうな男女がたくさん居た。エントランスや廊下、様々な場所で話し込んでいる。
「彼等は市議会議員や、商人ギルドの者達です。公爵との対話を望み、こうして待っているんですよ。大抵アポ無しなんですけどね……」
「公爵、凄い忙しそう」
「全員追い払う事も出来るんですけど、公爵は寛容な方ですから、そうはなさらなくて……」
これだけの人数に不満を言われたら、マリは絶対にキレてしまう。良くこなせるもんだと、関心するばかり。
「良く私達を呼ぶ気になったね」
「マリさん達が公爵と初めてお会いになった日、お願いした事があるでしょう? それを叶えて下さるそうです」
「何をお願いしたっけね……」
「むむ……確か……、誰かに会わせてもらう約束、だったような気がしますが」
間抜け面で顔を見合わせるマリ達の様子に、チェスターは吹き出した。
「フフッ。貴方達と話していると肩の力が抜ける。公爵が毎日通ってしまうのも分かるな。あっ……と、通りすぎるとこだった! ここが公爵の執務室です! 少しお待ち下さい」
チェスターは頑丈そうな扉を三度ノックしてから室内に入って行った。
「ねぇ、アンタとチェスターさん交換出来ないかな? あっちの方が可愛い」
「ぬぬ! 私の方が100倍可愛いはずですが!」
「気の所為!」
「グヌヌ……」
適当な会話をしていると、扉が開き、チェスターがヒョッコリと顔を出した。
「お会いできます! さぁどうぞ」
中に入ると、公爵がデスクから立ち上がった。土の神殿のエイブラッドも居て、僅かに表情を緩めてくれた。
「急に呼びつけて悪かったね。君にとって朗報だと思ったから、直ぐに伝えたくなってさ」
「朗報……?」
「うん。約束したじゃない。国王に謁見させてあげるって。会わせてあげられそうなんだ。婚約者君ともね」
マリは素で驚いた。アレックスを完全に忘れていた。
「あ~! アレックスね! そうそう。会わないと! 勿論忘れてなんかないよ!」
早口でまくし立てるマリに、公爵は笑顔のまま首を傾げた。
「あんまり嬉しくなさそうだね」
「そんな事ないよ! この世界に来たのって、アイツと婚約解消して自由の身になるためだったし!」
「なるほど……」
「その予定が終わったらでいいんだが、王都に行ったら、プリマ・マテリア教団の本部に顔を出してもらえないか? 貴女に会いたがっている方がいらっしゃるのだ」
さらに何か言いたそうな公爵を遮り、エイブラッドが迷惑な話を持ち出した。
「え……! それは無理!」
「プリマ? マリお嬢様、私が居ない間、変な集団と関わってしまったので?」
「まだ、関わってないよ!」
アレックスには用が有るから良いものの、プリマ・マテリア教団と接触するのは嫌な予感しかしない。どう断ろうかと悩んでいると、バンッと勢い良く扉が開いた。
「公爵! 皆さん!」
入って来たのはチェスターだった。公爵が煩そうな表情で彼に近づいて行く。
「どうしたんだい?」
「今報告を貰ったんですが、市民は全員瘴気の影響から脱しました! この街は健全な状態に戻れたんです!」
「浄化が、完了したのか……」
チェスターの報告の持つ意味を、頭がだんだん理解していく。心が温まる様な感覚になるのは、自分がちゃんと関わったからだ。
「そうか……。君達、良くやってくれた。いくらお礼を言っても足りないくらいだ……。有難う。僕だけじゃどうにもならなかった」
公爵の言葉が、少しだけ震えている。彼の市民に対する想いの強さは確かなんだ。力になれた事がとても嬉しい。
マリは隣に居るセバスちゃんとハイタッチした。
「やりましたね! お嬢様!」
「私達にかかったら、楽勝でしょ!」




