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嵐の傷跡①

「マリお嬢様、この料理、運んでもいいですか?」


「あ、うん。お願い」


 キャンプカーの中、昨日作ったカリフォルニアロールを電子レンジで解凍していたマリは、カウンターに近付いて来たセバスちゃんに大皿を渡す。


 亀の甲羅団が魔人を倒したお陰で、住人達にかかっていた魅了の術は解けた。しかし、予想通り瘴気の影響を強く受けている者が多数いて、土の神殿から来た術者達は慌ただしく施術に励んでいる。

 元々料理で役立とうと考えていたマリも、セバスちゃんの手を借りて働いているのだが、少々上の空だ。


 試験体066の容態が気になる。


 魔王に大きく切り裂かれた彼は、あの後すぐに駆けつけてくれた公爵により、応急措置を受け、今はキャンプカーのマリの私室に寝かされている。

 公爵曰く、特殊な剣で切られた所為で、回復魔法が効きづらい状態らしい。公爵はなかなかの実力者らしいのだが、試験体066を止血し終わると、魔力を使いすぎて、バッタリと倒れてしまった。

 出血多量で死ぬ危険は無くなったが、見るからに毒々しい剣を振るわれた事を思うと、他に変な影響が出てないかと、気が気じゃない。だけど、彼の他にも負傷者はいて、人員はそちらに多く割かれた。

 魔王により、酷い状態にされた亀の甲羅団の治療に多くの人員が割かれた。彼等は冒険者ギルドの中の、所謂スターなわけだから、冒険者達が我先にと群がり、五人とも回復魔法の光でピカピカにされていた。

 シルヴィアの話を聞くと、命には別状が無いらしい。魔王に少々エーテルを齧られた者は、数年冒険を休止する必要があるらしいが……。目覚めた時に絶望するだろうと思うと、気持ちが沈んだ。


 だけどマリが幾ら気にかけたとしても、事態は動かない。脳みそより、手を動かし、最初に決めた通りに、一人でも多くの浄化に関わるのがベストな行動なのだ。


 電子レンジがチーンと鳴り、解凍完了を知らせてくれる。

 マリは中に入れていた皿を取り出し、ラップを外す。

 セバスちゃんはまだ戻って来ていないが、疲労が取れてない筈の彼を何往復もさせるのは可哀想なので、マリも運搬した方がいいだろう。


 ソファにかけておいたジャケットを取りに行くと、奥の方から、カタリ、と音が聞こえた。

 彼が目を覚ましたのだろうか?

 出掛ける前に、様子を診てもいいかもしれない。

 冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、グラスに注ぐ。


 ドアを開け、自分の部屋に入るとは思えない程に、慎重に忍び込む。ベッドに他人が寝ているだけで、部屋の主人が変わった様な気がしなくもない。


 ソロリと、奥の方に足を運ぶと、白髪の少年が静かな寝顔を晒していた。


(まだ目を覚ましてないんだ……)


 ガッカリした様な、ホッとした様な、形容し難い感情を持て余す。横のチェストの上に、表面に汗をかきはじめたグラスを置き、ベッドの側に腰を下ろす。腕と顎をマットの上に乗っけ、ジト目で眠る彼の顔を観察すると、重みが偏ったためか、彼の顔がこちらを向いた。


 アッと思う。彼の額に小さな傷があるのだ。

 公爵は目立つ傷を治療し、ごく小さな怪我は放置する事にしたのかもしれない。


 マリは立ち上がり、チェストから消毒液を取り出す。彼の顔を真っ直ぐに向けた後、真上から消毒液をダバダバとぶっ掛ける。アーユルヴェーダでも油を額に垂らすトリートメントがあるくらいだから、多ければ多いほどいいはずだ。


 湿っていく髪を見ながら、ニヤリと笑いを浮かべる。

 労わりたいのか、痛めつけたいのか、自分でもよく分からない。


「……うぅ……」


「あ!」


 彼は眉間に皺を寄せ、苦しげに呻く。程なくして瞼が震え、綺麗な色の瞳があらわになった。


「アーユルヴェーダってやっぱ効果あるのか」


「マリさん……?」


「そうだよ」


「……僕、生きてたんだ……」


 ため息混じりに呟く彼の言葉は、残念そうでもあり、苛立ちが募る。もう彼が目覚めた事に喜ぶ感情は隅っこにいってしまっている。


「アンタ、あの場の全員を道連れにして魔王を殺そうとしたでしょ?」


 ケレースが現れなければ、今ここにマリは居ない。あの時、二重に危険が迫っていた。魔王と、この少年だ。信じ難いが、目の前の彼に殺されかけたのだ。


「ごめん……。あの時、魔王を殺す事しか頭に無くて……。他の人を……マリさんを巻き込むのも仕方が無いって思った。僕の存在理由は、魔王を倒す事だから……、それさえ成し遂げられたら、後のことはどうでもいいと……。折角、友達だと言ってくれたのに……」


「……アンタ、ムカつく。自己中すぎて。全員を犠牲にしなくても、魔王を倒す事が出来るかもしれないし、コルルも元に戻せるかもしれないじゃん! 考えもしなかったって事?」


 怪我人に向かって、こんなに辛辣な言葉を言うべきじゃないのに、止まらない。


「だいたい、存在理由って何? そんなの誰が決めた? 意味不明な義務感優先すんな! もっと自分で考えろ馬鹿!」


 マリは空になった消毒液のボトルを彼の腹に投げつけ、逃げる様に部屋を出た。

 車内に居るのが気まずすぎて、カルフォルニアロールの皿を抱え、外に出る。

 

 ヨロヨロしながら街に方へと足を運びながら、クソでかため息をつく。


(最低のお見舞いだ……)


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