街の解放と魔王の目覚め②
「準備はできてるかぁ!? マリ!!」
人の悪そうな笑みを浮かべるナスドに、マリは軽く手を上げる。
バイクのエンジンをかけ、暖気も完了している。後は、ナスドが門扉を破るのを待つだけだ。
「こっちはオーケーだよ!」
「それじゃあ、乗り込むぜ! ユネ!」
「わーかってるよ。インビジブル」
ユネの魔法により、亀の甲羅団五人の姿が消える。
ガーゴイル達の狙いをマリ一人に絞ろうという作戦なのだが、いざこの場に一人残されると、なかなか精神的にクルものがある。
(気合入れないと! ガーゴイルに、私の世界の技術力を見せてやんないといけないんだから!)
深呼吸して、気持ちを落ち着かせながら、『その時』を待つ。
ブンッと、空気を裂く音に続き、公爵邸の門扉が吹っ飛ぶ。マリの目にはもう亀の甲羅団五人の姿は見えないが、ナスドの仕業に間違いない。
立ち昇る砂埃の中から、ゾロリ、ゾロリと姿を現わすのは、不気味な異形達。
(これが……ガーゴイル!)
犬と猿と蝙蝠を混ぜた様な姿をしている。そして、セバスちゃんが言っていた通り、身体が石だ。
見た目のヤバさに、鳥肌が立つ。
「見るとメンタルやられちゃうレベルにブッサイク」
人語が通じているかは不明だが、ガーゴイル達はマリの声に反応を示した。先頭の一体が遠吠えしたのだ。
(来る!!)
奴等の狙いは明らかにマリに定まった。グズグズしていられない。アクセルスロットルを上げて、バイクを発車させる。
背後で石同士が強くぶつかり合う音が、多数聞こえる。かーゴイル達が石畳の道を駆ける音だ。その一つが、あっという間にマリの背後に近づく。
「はやっ!」
更にスロットルを上げていくが、スピードの上がり具合から行って、追いつかれるのは明白。慌てふためいて後ろを振り返ると、紫色に光る矢が、近付いていたガーゴイルの身体を撃ち抜いた。
近くの建物の屋上に試験体066が、紫色の弓を構えて立っていた。恐らくこういう事態を予測して、備えてくれていたんだろう。
(頼れる奴!)
走行するバイクと、立ったままの彼。あっという間に白髪の少年の姿は遠ざかる。マリを追っていたガーゴイルが数匹、彼の元へ飛んで行くのが見え、変な汗が流れる。
(大丈夫かな……? でも、余所見してたら、コッチが危険!)
広くない道でスピードを出して走行するのはかなり危険だ。操作を少しでもミスしたら、建物の外壁に突っ込んでしまう。
(えぇと……、通りを二本超えた所にある角を右に曲がらなきゃ! そこの建物のテラスで公爵達が待ち構えてくれているハズ!)
出発前に頭に入れて来た地図を思い出し、実際に走っている道に当てはめる。動体視力が人並みなマリは、かなり気を張って状況を確認しなければならない。
スピードは既に時速100キロを超えていて、曲がり角を90度に曲がると、若干身体が吹っ飛びそうな感覚になる。
斜め前方の建物のテラスに、公爵とチェスターの姿が見えてきた。公爵はマリにヒラヒラと手を振り、杖を掲げる。雷属性の魔法をモンスターに当ててくれるのだ。少しでも追手が減ってほしいと、願いを込めて彼等が居る建物の前を通り過ぎる。
耳をつんざく様な激しい爆音が聞こえ、辺り一面が眩しく光る。
一瞬だけ後ろを向くと、追いかけてくるガーゴイルの数が半減していた。
「やった!!」
なんだか少し楽しくなってきた。出だしで少々やらかしてしまったから、不安が渦巻いていたのだが、粉々になったガーゴイル達を見て、スッキリしている。
(南側には、セバスちゃんが張ってくれた罠がある! 自分が引っかからないようにしないと!)
再び角を曲がり、マリは上体を低くする。頭上には、高圧電流を流したワイヤー。高くジャンプする様に駆けるガーゴイルの習性から、この配置にしているらしい。
__ギィィイイイン!!
金属に石をぶつけた様な音が高く響き渡る。モンスターがうまいこと罠に引っかかってくれたのだ。
長い南側の直線で、マリはグングンスピードを上げる。ルートの半分まできて、漸くガーゴイルに追いつかれそうな感じが無くなった。
(このまま周回を重ねたら、全滅間違いなし!)
西の角を曲がる。左斜め前方の建物の窓にセバスちゃんが居る。その姿にマリは状況も忘れて噴き出してしまった。
「カッコつけすぎ!」
彼は形から入る方なのか、サングラスをかけ、革のジャケットを羽織っている。まるで何処ぞのスナイパーだ。
彼は、マリの後方に爆弾の様な物を放り投げ、短機関銃で銃撃を始めた。
銃弾が、ガーゴイルの石の身体を撃ち抜く轟音と、時間差で爆弾の凄まじい爆音が炸裂し、耳がどうにかなってしまいそうだ。
(鼓膜が痛い! 耳栓付けてくるべきだった! ってか、セバスちゃんめ。爆弾の威力の調整間違ったら私までバラバラだったんだけど!)
無事にキャンプかーに戻れたら、彼に嫌味を言ってやらねばなるまい。
多少予想外の事態が起こりはしたが、概ね作戦通りに事は運び、マリは市内の周回を重ねる。
(これで3周目。ガーゴイルの数はもう三体しかいないね。あとちょっと!)
しかし、マリが気を緩め始めた時、あり得ない物が行くてを阻んだ。
後ろから追っていたはずのガーゴイルが、一体前方に回っていたのだ。
「ショートカットしたの!? なんて奴!」
猛スピードでこちらに走り寄ってくる化け物に心臓が冷える。
(このままじゃ挟み撃ちされるし!)
走り続けても、止まっても、モンスターの餌食だ。
だが、そのまま黙ってやられるつもりは、さらさらない。ルートから逸れ、小道に入る。
暫く走り、天を仰ぐ。
運が悪い事に、そこは袋小路だったのだ。
「最悪!」
北側に抜けられる道だと思って入ったのに、道を一本間違って覚えていたようだ。マリは地図の南側をうろ覚えにしていた自分に呆れる。
__グルルルル……
恐ろしい唸り声が背後に迫る。バイクに跨ったまま、背中を向け続けているわけにもいかない。乗り物を降り、モンスターと正面から対峙する。
向こうは三体。だいぶ減ったが、先頭能力が乏しいマリがまともにやり合って叶う相手ではない。
だけど、諦めたらそこで終わりだ。万に一つの可能性にかけ、ハンディサイズのスタンガンのスイッチを入れる。
「近付いたら、ビリビリにする!」
弱点だとしても、これだけの威力でガーゴイルを倒せるとは思えず、手が震える。
(柄が短か過ぎるよ! 元の世界に戻れたら、メーカーに苦情入れてやんなきゃ! いやいや、その前に……飛びかかられたら、スタンガンのビリビリの所で、顔面を殴ればいいのかな!? でも、タイミングが合わなかったら……)
出来るだけ間合いを取ろうと、右足を一歩後ろに下げると、パキリと、何かを踏みつけてしまった。
その音を合図に、ガーゴイル達がマリに襲いかかる。
「あわわわ!!」
ガブリと噛まれる事を想像し、反撃も忘れて蹲る。すぐに訪れるかと思った痛みが、何故か、いつまでもこない。
その代わり、『ギャン!』と悲鳴染みた鳴き声がガーゴイルから上がる。
「え……?」
目を開くと、青い布が視界いっぱいに広がっていた。
「なんで……」
「後二匹……」
白髪の少年が、紫色のプラズマを放つ弓を携え、マリの前に立っていた。
また助けに来てくれたのだ。
彼に向かって飛びかかってくる二体のガーゴイルは、弓本体でぶん殴られ、バラバラに砕け散る。
その雑だけど、圧倒的な強さに唖然とする。
「一人で公爵の家の庭掃除出来たんじゃないの?」
「……流石にあの数を一人では無理だったと思う……。マリさんが囮になってくれたら、ここまで綺麗に片付いたんだ」
「あ、そう……」
マリはつい半眼になってしまった。




