レアネー市救出作戦⑥
ジ○イソン・ステイサム似のナスドが真剣な面持ちでマ○ドナルドのハンバーガーの包み紙を凝視している。異世界人のそんな光景は、普通違和感バリバリなはずなのに、全く違和感がないのが、逆に怖い。
「広場の近くにたくさん落ちていたんだ。しかも不気味な事に、妙にクオリティが高い。この薄さ、手書きで描いたとは思えない絵……どんだけの技術力で作りやがった!?」
「あれ~? その紙、どっかで見たことあるな」
公爵はマリの方を向いて、ニヨニヨ笑う。
「どこかって……、レアネー市に居る人間で、この紙っていうか、ハンバーガーを出せるスキルを持ってるのはセバスちゃんだけだよ! 広場にたくさん落ちてるって、なんなの!? 意味わかんない!」
最後に目にしたセバスちゃんは魔人に操られていた。そんな彼が何故ハンバーガーの包み紙を出しているのだろうか? 無性にハンバーガーを食べたくなったから? それとも暇だから? 考えてみても分らず、混乱する。
「ナスドさん、広場付近に太ってて、ペンギンを彷彿とさせる服装の男を見なかった?」
この世界には燕尾服は無さそうなので、ペンギンをイメージしてもらいたいところだ。
「ペンギンって、確か寒冷地に住む鳥だよな? 見たことがねーんだ。わりーな」
「そっかー……、うーん、どう言ったら通じるんだ」
マリがセバスちゃんの特徴を思い出そうとしている間に、試験体066が話に割り込んできた。
「……魔人は街の西側に現れた。貴方達は、東より先に西を偵察すべきだったと思う……」
「シルヴィアちゃんからは最も危険なエリアが西側だろうとは聞いてる。だが、移動している可能性があるし、例の魔人以外に潜んで居る奴がいないとも限らない。満遍なく見る必要がある」
試験体066に指摘され、若干苛立だしげな仕草をするナスド。態度はともかく、彼の主張は筋が通っている。マリはそんな彼にダメ元でお願いをしてみる事にした。
「満遍なく見るなら、また偵察に行くんだよね? その時、私も同行したい! 邪魔にならないようにするから!」
「む……。三十分後にシルヴィアちゃんと再突入するけどよ。本当に大丈夫か? もし途中でインビジブルが解けたら戦闘になるぜ」
魔法が解ける可能性もあるのかと、背中がヒヤリとするが、怯んでいられない。
「だ、大丈夫! こう見えて私、空手習ってたし!」
習っていたと言っても、エレメンタリースクールの時に一年間だけではある。絶対信じてもらえないだろうと、半ば諦めたが、何を思うのか、公爵がフォローしてくれた。
「マリちゃんはかなりの猛者だよ。魔力量を見たら分かるだろう?」
「うーん……そうなんだよなぁ」
公爵の嘘は有難いけど、プレッシャーに感じる。何かやれと言われても、料理くらいしか出来ないのに……。
若干不安になり、目を彷徨わせる。そんなマリの側に、白髪の少年が近寄って来た。
「……何かあったら、僕が戦うから……」
「お……ありがと」
試験体066も偵察に付いてきてくれるらしい。何だかんだで、この男がいたら、安心ではある。
「あーもう! 分かったよ。メンドクセー! 自己責任で頼むぜ!」
ナスドは盛大なため息をつき、同意してくれた。
◇
オレンジ色に染まる空の下、偵察組はレアネー市の城壁を通り抜ける。メンバーはマリと試験体066、ナスド、魔法使いのユネ、そして先程合流したシルヴィアの五人だ。
現在ユネの魔法により、メンバー五人以外の者に、各人の姿は見えなくなっている。声は魔法でシャットダウン出来ていないらしいので、お喋りは厳禁。
今から向かうのは、レアネー市中央に位置する広場だ。
ナスドは一度廻った広場を順路に加える事に難色を示したが、マリはどうしても自分の目で現場を見てみたかったので、頼み込み、何とかのんでもらえた。
足の早い四人に置いて行かれないよう、マリは必死に足を動かす。
市内ですれ違う住人達は目つきがおかしい者ばかり。彼等は瘴気に侵されているのだろう。本当に自分の姿が、彼等から見えていないのかと、ドキドキする。
広場の入口まで辿り着き、目に映る光景に足を止めてしまう。
ナスドの説明通りに広場には大勢の市民がいた。疲れ切った様に地面に座っている者や、横になっている者。彼等の目には理性の光がある。
(あの人達、確かに健常者だ。早くなんとかしてあげないと)
今すぐにでも城壁の外に連れ出してあげたいが、彼等は目つきのヤバイ獣人達に取り囲まれているので、そう簡単にはいかなそうだ。
キョロキョロと広場の様子を見ているマリの手首が、急に握られ、引っ張られる。
(うわっ!)
思わず声を上げそうになるのをなんとか堪える。引っ張ったのは、白髪の少年だ。彼が指差す方を見ると、ナスド達はかなり進んでいて、置いて行かれそうになっていた。
足音を立てない様に二人で走る。
追いつくと、ナスドは地面から何かを拾い上げ、マリに見せてくれた。グシャグシャになったハンバーガーの包み紙だ。
マリの鼓動が激しくなる。
(マ○ドナルド!)
包み紙は道の先に向ってたくさん落ちていた。五人で静かにその方向へ歩みを進めると、一つの建物から獣人が三人、立て続けに出てきた。彼女達の手には、ハンバーガーが握られている。
(この中!!)
開けっ放しになった戸口の真ん前に立ち、屋内を見る。
丸っこいハンバーガーがゴロゴロ転がる床の上に、太った男が座り込んでいる。円らな瞳に、小さい口。間違いなくセバスちゃんだ。
「いつまで、ハンバーガー自販機やらされるんだ! この、クソビーッチ!!」
悪態のつき方が、平常時の彼っぽい。どう考えても正気を取り戻している。
(え……、セバスちゃん。もしかして魔人の魅了の術が解けてる? ってういか、瘴気の影響も無さそう?)
唖然とするマリの眼の前で、セバスちゃんは獣人に殴打された。暴力で脅されて、無理矢理ハンバーガーを作らされているとみて間違いないだろう。
マリはリュックを下ろし、有線式のスタンガン、テーザー銃を取り出した。
セバスちゃんの側に、見張りは一人、今が絶好のチャンスなのだ。




