土の神殿の大神官⑤
「ふーん。なるほどね。で、それを私に伝えるのは何か意味があるの? わざわざ私一人連れ出して話す理由は?」
エイブラッドの青い瞳が、マリを見つめたまま眇められる。
「貴女にその最高神官の座に就く資格があるという事をお伝えしようと思った。我々四大元素の神々を祀る神殿は、そもそも第一原質教団の管轄下にある。この第一元素教団の最高神官の座は1000年もの間、選出者の為に空けられているのだ」
話が嫌な流れになってきた。この男の話から想像するに、彼はこの後、第一原質教団とか言う、非常に胡散臭い団体にマリの事を伝えるのだろう。その後マリは、その組織の何者かから言いくるめられるか、拉致され、最高神官とやらに担ぎ出されるのかもしれない。
自分が神官とやらの職に就いた場合の生活を想像する。
まず、普段の生活は、キリスト教の修道士並みに質素倹約の日々を送るんだろうし、言動だって乱暴にしたらきっと怒られる。清く正しく、優しい事のみを言い、アルカイックスマイルを浮かべ続けるのだ!
想像しただけで鳥肌が立ってしまう……。
エイブラッドの話はまだ終わってなかった。
「現在、教団は四人の枢機卿により取りまとめられている。貴女が最高神官位に就いたとしても、彼等と力を合わせればつつがなく儀礼式典を行えるだろう」
勘弁してほしい。そんな古い団体の幹部連中には碌な者がいないと相場が決まっている。無駄に牽制しあうか、馴れ合うか、どっちにしても胸糞悪い付き合いをしているんだろう。ほんの数日この世界に滞在するだけのつもりだったのに、わけのわからない事に巻き込まれたくなんかない。
しかしマリはこの世界では無力な存在だ。教団に連行されない為には、自分でなんとかするしかない。
マリは決意を胸に、ヒタリとエイブラッドの目を見つめる。
「幾らほしい?」
「何……だと……?」
「どれだけの金貨を積めば、アンタの口は硬くなるのかなーって」
手持ちの金額はたぶん、そんなに多くないが、ゴールドインゴッドはまだまだある。換金すれば、口止めに使えるくらいの金額にはなりそうだ。セバスちゃんの救出にも金がかかるだろうけど、解決のために頼った先で余計な面倒に巻き込まれそうになっているのだ。これも必要経費と考えるべきだろう。
「私一人を手土産にした時に得られる金額より、大きい額を払ってあげる。チャンスは一度きり。私の気が変わらないうちに、言ってみてよ」
エイブラッドは、期待したような反応を見せなかった。手の平を上に向けて持ち上げ、呆れてみせた。
「俺を見くびるな」
「うーん……」
交渉決裂らしい。彼と公爵の会話から察するに、かなり俗人的な人物みたいだったので、いけると思ったのに、残念だ。
「その様子だと、枢機卿達ともうまくやっていけそうだな。流石は1000年ぶりに現れた選定者だ」
ニヤリと笑い、嫌味を言うエイブラッドに、マリは「あ、そう」と返し、カップケーキをポイっと投げつけた。ライムグリーンの生地にピンク色のバタークリームを乗せた、非常にファンシーな見た目のやつだ。
変な姿勢で受け止めたエイブラッドは、カップケーキを困惑気味に見る。
「これは……、食べ物? 色が凄い事になっているが……」
「賄賂だよ。魔人討伐と、なんたら教団への口止めのね。汚れを嫌うアンタは、それを食べたら、苦しむのかな? そうなりたくないなら、よく調べてみなよ」
微妙な表情のエイブラッドに手を振り、マリは一人で聖域を抜け、先ほど居た応接室へと戻った。途中道に迷って慌てふためいたのは内緒だ。
◇
応接室にはなぜか公爵しか居なかった。試験体066が居ない理由を聞いてみると、エイブラッドに呼ばれ、鑑定を受けに行ったらしい。戻って来る時に会わなかったのか不思議そうにされたが、迷っていた事を伏せるために、適当に誤魔化した。
広い空間を歩き回り、予想も出来ない内容を伝えられ、まだ昼だというのに、疲れを感じ始める。長椅子に座って、頬杖をつくと、本を読んでいた公爵が顔を上げた。
「浮かない顔だね。アイツに何か言われた?」
「……第一原質教団って何?」
「随分硬い話をしてきたようだ。エイブラッドはつまらない男だね」
「融通が効かない人だと思った。聖職者でも心の隙間くらいありそうなのに」
身勝手なことを言うマリに、公爵はクスリと笑った。
「エイブラッドは隙だらけだよ。君が何をしてきたのか知らないけど、彼の心を動かせなかったのは、マリちゃんが可愛すぎたからじゃないかな。求める物を提示出来なかったんだ」
公爵の言う、『可愛い』は、容姿じゃなく、精神的な年齢の事だろう。何だか余計にガックリきてしまう。
「舐められたって事か~」
「しょうがないよ。それより、第一原質教団の事を聞きたいんだったね」
「うん」
「まぁ、簡単に言ってしまうと、四大元素それぞれの神を祀る神殿を取りまとめる、上位組織と言っていい。大昔この国の人間は、信仰する神別に四分されていた。対立しあったり、差別したり、神の存在は何かと争いの種になってたんだ。そういうのを無くすため、各神殿が話し合い、一人づつ枢機卿を出し合って創ったのが第一原質教団なんだよ」




