土の神殿の大神官③
「貴様には二度と会わぬと言ったはずだが」
大神官エイブラッドは氷の様に冷たい声色で公爵を拒絶する。対する公爵はどこ吹く風といった態度だ。
「もう十二年も前の事じゃない。そろそろ仲直りしよう。お互い大人なんだから」
「許すだと!? 出来るはずがない。貴様が彼女に惚れ薬など使わなければ今頃!」
「はぁ? 惚れ薬? 何の話だい?」
マリと試験体066をそっちのけにして、馬鹿みたいな話を続けそうな大人二人。内心呆れてしまう。だから二人の会話に割って入った。
「今そんな昔の話している場合じゃないから。レアネー市が魔人の手に堕ちてるんだよ!」
「なっ!? 魔人だと!?」
エイブラッドの青い瞳がこちらを向く。マリはその瞳を見ながら真剣な表情で頷いた。
「凄く、危険な状況!」
「そうそう。土の神殿に助けを求める為にここまで来たんだ。この女の子はマリ・ストロベリーフィールドちゃん。こっちのボンヤリした少年は試験体066君。二人とも異世界からこの世界へと移転して来たみたい」
「異世界から!? サラッと重要な事を言うな!」
「私はマリ・ストロベリーフィールド。短い間だと思うけど宜しくね」
「……宜しく」
マリ達が挨拶すると、エイブラッドは驚愕の表情のまま、「大神官だ。宜しく」と名乗った。
「異世界から来たというのは、本当なのか?」
「そうだけど?」
「そうか……。向こうから来た者は、この世界において特殊な役割を担っている事が多いと聞く。貴殿らはもうステータス鑑定等は済んでいるのか?」
エイブラッドが公爵と会話する様子から、頭がイカれているんじゃないかと疑っていたのだが、言葉を交わしてみると、結構まともな感じだ。
「私はレアネー市の冒険者ギルドで鑑定を受けたよ。こっちの白髪の男はカーナビの表示でしかステータスは見れてないな。勇者みたいなんだけど」
「ゆ……勇者!? もしかして一ヶ月前に異世界からこちらに来て、国王と謁見したのは君か!?」
「……俺は数日前に時空を渡った。貴方が言っているのは別の人物……」
「勇者が二人居るみたい!」
白髪の少年を、まるでゾンビかゴーストでも見るかの様に顔を歪めて見つめる大神官は、唇を戦慄かせ、声を振り絞った。
「……信じられん。勇者は約二十年周期で現れると聞くが、二人現れている……? 古文書によると、勇者が二人出現したのは千年程も昔。うぅむ……。勇者よ、後で俺の鑑定を受けてくれないか?」
「僕はただのコピーだし、勇者じゃないと思うけど……、まぁ、受けるだけなら……」
自己紹介の様子を黙って見つめていた公爵は、マリに意味深な笑みを向けた。
「マリちゃん。他人を盾にしちゃダメだよ。君は『選定者』だったよね? 勇者よりレアな存在だ」
「そう言われても、有り難みも分かんないし……」
この世界の仕組みがどうなってるのかサッパリ分からないのに、周りで騒がれても、困るしかないのだ。マリは一つため息をついた。
「なに!? この少女が選定者!? 一体どこまで驚けばいいのだ。貴様、一気に持ち込みすぎだ!」
「重なる時は重なるよねー」
「クソ! 取り敢えず、込み入った事情がありそうな異世界人の事は後回しだ! 魔人の状況を教えろ!!」
「お、漸く聞く気になってくれたか。良かった良かった」
公爵はニコニコ笑いながら、説明し始めた。
「魔人は、神への信仰心が薄く、理性が低めな獣人達を瘴気漬けにし、彼女達を使って力を蓄えていっていた様だよ。最近獣人達による殺人事件が相次いでいたんだけど、恐らく魔人が黒幕に居たとみている」
「なるほど。街に入った時は、取るに足らない魔族でも、エーテルを奪い続け、上級の魔族になった可能性もあるな」
「そうかもしれないね。経緯の事は、今は想像しか出来ないから何とも言えないな。それよりも、魔人の能力が問題なんだよ。困った事に、魅了の術を使う。あのスキルとエーテルを喰らう事は相性バツグンなんだ。術中にある者は喜んでエーテルを差し出し、死ぬだろうね」
二人の会話を聞いているうちに、魔人に捕まっているセバスちゃんが心配でたまらなくなっていた。
「エイブラッドさん。私の執事が魔人の餌になるかもしれないの。持ち金全部寄付してあげるから、手を貸してほしい!」
「だ、大神官の身の上では、貴女の頼みを全て聞くべきなのだろう……。しかし、簡単に頷く事は出来ない。レアネーはフレイティア最大の都市。しかも土の神の信仰を捨てている者が多数いると聞く。その者達は何百、いや、千人を超すかもしれない。その全てを掻い潜り、魔人を倒し、住人を浄化するのは……無理がある……」
「でも、冒険者ギルドのシルヴィアさんは、王都のSランクの冒険者の手を借りるって言ってた! 不可能じゃないよ!」
「だ、だが……。俺は……」
「小さい男になったね。エイブラッド。昔は無謀な事にも怯まず飛び込んで行ったのに。失敗を恐れ、この穴ぐらから出れないのか」
公爵の憐れむ様な眼差しに、エイブラッドは頭に被った巨大な帽子を投げ捨てた。
「黙れ! あの街の市長が貴様じゃなければ、もっと親身になれただろうな!」
(沸点低すぎだよ!)
マリはエイブラッドにガッカリした。これがニューヨークに住む者だったら、二度と会わないと思っただろう。
「あの街を放置したら……この神殿はただじゃ済まない……」
ボンヤリと壁を見ていた少年は、静かな声で話し出す。
「強大な力をつけた魔人は、王都だって脅かすだろう……。防ぐ努力をしなかった貴方を……信徒達はどう思うのかな……」
「勇者殿、では貴方も、魔人討伐に参加してくださるのか? その名にかけて」
「……やるよ」
窓から振り返った彼の、アメジストの瞳は諦めの色が浮かんでいた。




