魔人襲来④
キャンプカーに着くと、公爵は大袈裟に驚いた。
「凄い! これは想像以上だな。マリちゃん達が住んでいた世界はとんでもなく技術力が高いんだねぇ!」
彼は車内を歩き回り、様々な家具に興味津々の様子だ。
「この椅子、何て名前!? アームのところの突起を押してみたら、椅子に内蔵されてある物が僕の肩をメッチャ叩いてくるんだけど!? 怖いっ!」
「それはマッサージチェアだよ。ツボを叩いたり、揉んだりするの。普通だったら気持ちいいはずなんだけど……」
マッサージチェアから飛び退いた公爵の様子が滑稽で、こんな時にも関わらず、クスリと笑ってしまう。確かに、普通の椅子だと思っていたものが、急に予想外の動きをしたら怖いかもしれない。
「人の手が無くても、疲労を癒してくれるんだね。便利だなぁ」
子供の様に目を輝かせる公爵が、自分が統治する街が危機的状況なのを忘れてしまってないか、心配になる。好意的に解釈すれば、心に余裕があるともとれるが……。
なにはともあれ、このまま彼を車内で遊ばせ続けるわけにはいかない。
「あの、魔人の話をしたいんだけど、いい?」
「ここまで来る道中で、冒険者ギルドのギルドマスターに使い魔を送ったから、後でから彼女はここを訪ねて来る。その時に今後の事を四人で話そうかと思っていたんだよね」
人が揃うのを待っていたらしい。だけど、焦る気持ちを押し殺せない。
「セバスちゃんを救い出さなきゃ……。そのためには魔人をやっつけてもらう必要があるよね? 金は用意するから、どういう人間を雇うべきか教えてほしい」
公爵なら何かアテがあるかもしれないという願いを込め、話を切り出す。この世界の知識が無さ過ぎる事がとてもはがゆい。
「この国の王都にある冒険者ギルドの本部に応援を頼むのが一番良いだろうね。シルヴィアと相談して連絡を入れるつもり。でも、僕の街の市民が人質にとられてしまっている以上、あまりもたもたする事も出来ない」
「救出までに時間がかかるのは、やっぱりマズイの? 人間的な生活をおくれなくなって、衰弱するから?」
公爵の話から察するに、救助までの時間が問題になるのだろう。どんなリスクがあるのか? 聞くのは少し怖いが、知っておく必要がある。
「マリちゃんが言う様な問題も勿論あるよ。でも僕が懸念しているのは別の事。魔人は、生き物の中のエーテルを食らう。そして、エーテルを根こそぎ奪われた生き物は死んでしまうんだ」
「エーテルって何?」
「魔力の素となっているもの……という説明なら理解してもらえるかな? まぁ、魔法への利用の他、人間離れした身体能力の発現にもエーテルは関わっているんだけど、ややこしくなるから、こっちは考えなくていいかな。それにしても、マリちゃんはかなりの量を持っている感じだね。そちらの彼も……。普通じゃない」
公爵の目は試験体066を探る様に見ている。白髪の少年は居心地悪そうに身動きし、ポツリと呟く。
「そういう風に造られただけ……」
相変わらず意味不明である。
「ここまでの力を持つ者は、他には……、王都に滞在している勇者殿くらいしか心当たりがない。彼も異世界から来たわけだけど、マリちゃん達の世界は、超人が多い感じなのかな」
「よく分からないけど、この男も勇者って存在らしーよ」
「ええ!? ゆ、勇者!?」
公爵が警戒しているのを感じ取り、彼の正体を伝えてみる。公爵は驚愕の表情を浮かべた後、考え込む様に口に手をあてた。
「勇者が二人存在する……? まさかそんな事が……。でもこの潜在力からすると、只者じゃないのは確かだね」
「僕は前代勇者の劣化コピー……。勇者として機能しない、ただの出来損ないのガラクタだ。存在価値すらない」
「ガラクタって……。自分にもっと自信持てば? 自虐めいた事言われても、慰める気無いんだけど」
マリは少年の物言いにイラッとした。
たぶん、彼を理解する上でかなり重要な事を話してくれた気がする。でもそういうジメッとした言い方は気に入らない。
「勇者ってただのジョブ名でしょ? 役割を果たせるかでしか、自分の存在を主張出来ないわけ? どこに価値を見出すかなんて、人によって違うよ。見た目の良さ、話の面白さ、優しさ、人の評価は色々だから!」
目を見開き、マリの言葉を聞いていた少年は儚げな表情を浮かべ、視線を窓の外へと向けた。
「誰か来た」
ちょっと肩透かしを食らった気分だが、マリも柄にも無い事を言ってしまい、照れ臭かったので、真っ直ぐに返事をくれないのは逆に助かった。
少年が見ている方の窓に近寄り、外を確認すると、冒険者ギルドのギルドマスターが来ていた。正気なのかどうか気になったが、彼女の表情は、昨日の通り理知的だ。
「シルヴィアさんが来たみたい」
「お、意外と早いな。良かった」
マッサージチェアを気に入ったらしい公爵は、マリ達のやり取りの間に色んな機能を試していた様だが、シルヴィアが来た事を知り、ニコリと笑顔を浮かべた。
程なくして、キャンプカーのドアが叩かれたので、直ぐに開き、彼女を迎え入れた。
「シルヴィアさん、良かった。無事だったんだ」




