害獣からの身の守り方④
「それにしても朝からアチコチ歩き回ったので疲れました……」
ギルドの担当者はげっそりした表情で首を左右にふり、ポキポキ鳴らした。セバスちゃんはそんな彼に気を遣い、グラスに入ったアイスティーを渡してやっている。
「まだ九時半なのに、他にもどっか行ったんだ?」
「ええ、朝一で街はずれに住む獣人の家に行って来ました。どうも獣人が夫を殺して食らったらしくて……。行った時には骨しか残って無かったですよ」
ギルドの人間の話に、マリはドキリとした。
(え、まさかコルルの事じゃないよね……?)
彼女が住む家はどちらかと言うと街の中心地に近かった気がしたし、まだ結婚はしていないはずだ。セバスちゃんの方を見ると、彼は完全にビビった様子で、顎の脂肪をブルブルいわせている。
「獣人って、人肉を食べる種族なの?」
この質問に、ギルドの人間は難しい顔をした。
「獣人はその本質がかなりモンスター寄りでして、昔は子孫を繋ぐためと食糧として人間の男を攫っていました。だから街では差別の対象だったんです。ですが今では彼等の努力により王国の各地で市民権を得るまでに至っています。それなのに最近獣人の中には瘴気の影響で大昔の悪癖を働く輩が増えていて……」
「……そうなんだ」
「そういう事情があって、獣人の女性は美しい者が多いのに、ここ1、2年結婚出来ない者が増えているみたいですね。おかげで男が夜街を出歩くと、飢えた獣人に暗がりに連れ込まれる事もあるので、警戒されているんです」
「むむぅ! 夜、出歩けばいいわけですね!?」
「いや、相手は見た目で選別してるみたいなんで……。それに行為の後は殺されて、食べられてしまいますよ」
意気込んでいたセバスちゃんは、ギルドの担当者の冷たい返しにガックリとした。
「馬鹿じゃないの……はぁ……」
自分の見た目を勘違いしていないだけマシではある。
(それにしても、ウーン……)
試験体066は大丈夫なのだろうか? コルルはいい子だと思うが、瘴気とか言うわけのわからない物で我を忘れて、残虐な事をしないとも限らない。
「マリお嬢様、そろそろ出発しませんか? 後四十分程で結婚式が始りますよ」
「そうだね。行こうか。また午後に行くから宜しくね」
「はい。行ってらっしゃいませ」
ギルドから来た男が、小汚い袋の中に大きなコウモリをドンドン詰めていく様子が興味深くて、いつまででも見ていたくなるが、約束の時間は守らなければならない。マリ達は彼に手を振り、レアネー市に向かう。
「それにしてもさ、獣人って厄介な種族なんだね。非力で可愛い種族なのかと思ってたのに」
無邪気にしか見えないコルルが、人間を殺したり、食べたりするかもしれないなんて悪夢の様な話だ。男であるセバスちゃんとしてはどう思ってるのか気になる。余計に衝撃的なんじゃないだろうか?
「そうですね……。日本のクノイチなんかも、色仕掛けをして、気を許したところでターゲットを殺したりするらしいですし、なんとも言えないです。私なんかは絶対殺される自信がありますし」
「脂肪アーマーで、致命傷にはならずにすむかもよ」
「私を褒めてくださるのはマリお嬢様だけです。有難や……」
二十分程のんびりと話ながら歩き、レアネー市西側のケヤキの大木の元までやって来た。
曖昧な場所指定だったので迷うかと思ったが、ケヤキはかなり大きかったので、遠くからでも良く見え、真っ直ぐ辿り着けた。
昨日式が決まったわりには、会場に多くの人が居る。その中で、マリとセバスちゃんは大いに浮いていた。結婚式だから皆派手に着飾るものだと思ったのに、かなり地味だ。布が厚いチュニックを着ているところから察するに、もしかすると彼等なりに余所行きの格好なのかもしれない。
真紅のドレス姿のマリと、仕立てのいい燕尾服姿のセバスちゃんはなるべく目立たない様に人混みの後方に立つ事にした。
客人達はほとんどが獣人だった。話に聞いていた通り獣人は女性ばかりで、男の姿はない。会場に居る極少数の男は、セバスちゃんと、古代ギリシア人の服みたいなのを着た偉そうなオッサンの二人だけのようだ。
「土の神殿から司祭様がいらっしゃって下さっているそうよ」
「コルルちゃんのお願いを聞き、直ぐにお越しくださるとはなんてお優しい……」
「今日は久々の同族の結婚式、素晴らしい日ですわね」
人々の会話に耳をそばだてる。どうやら、ギリシア人風の男は土の神殿の司祭様らしい。顔が何故か日本人っぽくて、阿部◯っぽい。
(テルマエ◯マエッ)
祖母の家に居る時にやっていた金曜ロードーショーの映画タイトルを思い出す。
まぁ、そんな事はどうでもいいのだ。
マリ達のすぐ前に立つ中年女性の背をツンツンとつつく。
「あら、何かしら? ていうかその服装、すっごく破廉恥ねっ! 私の娘がそんな服着たらはり倒すわっ!」
「これだから、頭カチカチな人は嫌なんだよ。服装くらいでガタガタ言わないでくれる?」
「若い子って皆そうよねっ!」
「はいはい。それよりさ、獣人って土の神? を信仰しているの?」
「まぁ、そうね。信仰というより、伴侶になる男性をこの街に縛り付けてもらうためよ。あれを見て」
彼女が指差す方を見ると、キャンプファイヤーみたいなのがあった。その近くのテーブルの上に鉄の棒が置かれている。
「棒の先に、焼きごてが付いていて、火で熱してから花婿の胸に押し付けるのよ。そうすると街から出られないようになるの」
「うっわ……」
まるで奴隷の烙印である。マリとセバスちゃんは半眼でその焼きごてを見つめた。




