害獣からの身の守り方①
キャンプカーのドアを開けてみると、車内は何の異変もなかった。外装の凹み具合から、強い衝撃が加わったのだろうと察する事が出来、棚等から落下している物があるのではないかと思ったものの、床は綺麗で何も落ちていない。
「何も落ちてない。違和感あるなー」
「出しっ放しにしていたグラスすら倒れてないですね。内部には衝撃が無かったんでしょうか?」
「見てたわけじゃないから分かんないっ。とりあえずこの場所は、危険っぽい? 移動させようか」
「御意っっ!」
森の影から、レアネー市へと続く街道沿いの野原にキャンプカーを移動させる。
ここなら、人通りがそこそこあるので、モンスターの襲撃は少なそうに思える。その代わり、このキャンプカーを目にした通行人に、ギョッとした顔をされたが……。
細かいことを気にし出したらキリがないのだ!
マリは外に出て、もう一度キャンプカーの外装を見て回る。
ちょうど目の高さの位置にある凹みは、派手に塗装が剥げている。なんとはなしにその部分に手を翳してみると、不思議な事が起きた。凹んだ部分が僅かに発光し、ポヨヨンと波うったのだ。
「ふぁ!?」
車のボディは確か、鋼鉄を薄く伸ばしてものだったはずなのに、何故か柔らかそうな動きをする。一分も経たずして、平面に戻ったその部分に、恐る恐る指を伸ばす。
「硬い……」
ゼリーの様な動きをした様に見えたのに、平面に戻ったそれは、ちゃんと金属のような硬さと、冷たさだ。
「どうしたんです?」
セバスちゃんが車内から出て、近付いて来た。マリの素っ頓狂な声を聞き、驚いたのだろう。
「うぅん……。今ボディがポヨンポヨンしたんだよ」
「ポヨンポヨン……。たぶんそれは、車のおっ○いに触ったからだと思われますね」
「アンタぶん殴られたいの?」
「すいません。つい……」
セバスちゃんは早くも瘴気に頭がやられはじめているのだろう。思ったよりも危険な世界だった事に舌打ち一つし、彼の前で別の凹みに手をかざしてみた。やはり波うち、瑕疵等無かったかのように元どおりになった。
「マリ様のスキル『キャンプカーマスター』と、『錬金術』のどっちかが発動したんですかね。修理に出すと相当な代金がかかりますし、良かったですね。まぁ、ストロベリーフィールド家からするとハシタ金額ですが」
「ふぅん……。まぁ、例え異世界とはいえ、凹んでる車で走るなんてみっともないし、他も直しておこうかな」
このスキルは凹みだけでなく引っ掻いた跡にも有効で、ものの十分で外装は新品の様に綺麗になった。
「これでよしっ!」
「流石マリ様ですね。王都に向かう時も、この車とそのスキルがあれば無事に辿り着けそうな気がします。雑魚なモンスターはこの車で吹っ飛ばしてしまえばいいわけですから」
「そんなに気楽に構えてていいのかなー。私達って今までゴブリンにしか遭遇してないわけだけど、ゴブリンって強さ的にどの位なんだろ? レアネーに行ってた間にこの車を襲った存在も気になるし、襲撃に備えておくに越した事はないよ」
「確かに……。銃火器をすぐ使える様にしておきましょう」
「それと、あと数日この付近に滞在するわけだから、キャンプカーの周りにバリケードか何か設置出来ないかな? 夜は安心して眠りたい」
レアネー市で宿を借りるという事も考えてみたが、この世界は中世ヨーロッパ程度の文化の発展度合いの様であるし、風呂やトイレの衛生事情や、宿屋自体のセキュリティーを考えると、泊まる気にならなかった。どう考えてもこのキャンプカーの方が居心地がいい。となれば、やはり自分達の身は自分達で守るしかない。
「うーん……。そうですね……。電気柵を設置してみましょうか」
セバスちゃんの提案にマリは首を捻る。電気柵という物を初めて聞くのだ。
「電気柵?」
「ええ! 生き物が触れたら感電しちゃうやつです。設置しておけば我々は安全に過ごせるでしょう!」
「いいね! 設置してみて!」
「了解ですっ!」
設置を決めてからのセバスちゃんの行動は早かった。キャンプカーから支柱を運び出し、地面に差し込む。それに電線を巻き付け、小型のソーラーパネルと電源装置を組み合わせ、あっという間に電気柵を完成させた。
その仕事ぶりを眺め、マリは感心した。セバスちゃんはやはり仕事の出来る執事である。
「ご苦労さん。コーラ飲む?」
「いただきます! これだけの備えがあれば、雑魚なモンスターからは身を守れるでしょう」
「やる時はやる男だね~、セバスちゃん! ニューヨークに帰れたら、パパにアンタの給与を昇給してもらうように頼んであげる」
「本当ですか! 有難い! 実は部屋の棚に飾れないフィギュアがあって、モヤモヤしてたんです。昇給したらディスプレイ用の部屋を借りますっ」
現状でも彼の給与はかなり高いと思うのだが、一部屋借りる事も出来ないとは、一体どこに金を使っているのだろうか? あまり考えたくない……。
セキュリティー面の強化をし終わり、ちょっとした空白の時間が出来る。
マリは明後日やってくる公爵を迎える為にメニューを考えたり、昨日からの一連の出来事を日記に書いてみたりしながらのんびりしていた。
そんな中で悲劇は当然起こった。




