エピローグ
魔王とその配下との戦いは、熾烈を極めた。
選ばれし勇者であるグレンに四柱の神々の力と、その四種のスキルを付与しても力が僅かに及ばず、カリュブディスの力を借りなければならなかった。それで恐らく互角に持ち込めた。
勝敗を分ける事になったのは、最終的にはテスカティア山に設置したオーパーツと、ニューヨークで英気を養った風の神の浄化の力によるところが大きいだろう。
ジワジワと魔王が弱体化していき、二週間の時間をかけて魔王の魂を封印し、コルルの身体を取り戻す事に成功した。
平和になった世界での勝利のパレードは三日三晩続き、多額の報償金と身に余るほどの栄誉を受け取った。
魔王を討伐した後、公爵はレアネーへと戻り、セバスちゃんはアリアと共に王都に残ると決めた。
公爵はともかく、セバスちゃんは思い切った決断だっただろう。
マリは報償金の五分の一を退職金として彼に渡して、アリアとの今後の生活に使ってもらう事にした。
魔王に身体を乗っ取られてしまっていたコルルは、公爵が連れ帰り、レアネー内の彼の邸宅でメイドとして働かせるようだ。
王都の人達に顔を知られてしまい、悪意を持たれやすいだけに、当分は屋敷から出さない様にするらしい。
プリマ・マテリアとの関係は、正式に切って貰った。
マリは元の世界でやるべき事があるので、神々との対話というのは、神官達で済ませてほしい。勿論一筋縄にはいかない連中ばかりなので、そこはモイスに根回しを協力してもらった。
魔王の封印の際にも大きな役割を果たしてくれた彼だったが、組織の中で働く事の方が彼に合っているらしく、うまいことマリが元の世界に戻る事の手筈を整えてくれた。
マリがこの世界で最後に訪問したのは水の神の元だった。
カリュブディスと短くない時間を共に過ごし、ちょっとした姉妹愛の様な物が芽生えていただけに、別れは辛かったが、彼女には水の神が居る。勝手にニューヨークに連れ帰ってしまってはいけないだろう。
ニューヨークに行くのは、マリとグレン、そして何故か魔法使いであるヘイムの三人。
多くの人間に見送られながら、王城前で異世界へのゲートを潜ったのだった。
◇◇◇
異世界から帰って来てから、早くも一年の歳月が流れていた。
マリは17歳になり、高校では学年トップの成績を修める程に学力が上がっている。
そして、徐々に父の仕事を手伝い、会社の経営に関わっている。毎日が忙しく、そして夢のない出来事の連続なのだが、それでも心が折れないのは、異世界で共に苦労した人々との付き合いがあるからだ。
本日の授業が終わるやいなや、ポケットに入れていたスマートフォンの着信が鳴る。
“選定者様、次の魔法のレッスンはいつになさいますか?”
メッセージの送り主は、元宮廷魔法使いのヘイムだ。
彼はこちらの世界を気に入ってしまい、ついて来てしまったのだが、怪しげな魔法グッズを売る雑貨店をブルックリンに開き、そして週1回の頻度でマリに魔法のレッスンをしてくれている。
折角魔力があるのだから腐らせてしまっては勿体無いし、自力で異世界へのゲートを開ける様になりたいので、マリから頼んでみたのだ。
彼に今から行くと告げ、バッグを持って教室を出る。
「ねぇ、校門の所に立っているのって、モデルのグレン・センテリスじゃない!? ミステリアスで素敵ー!!」
「本当だ! この前も来ていたよね。この高校に彼女でも居るのかな!?」
廊下に出て居た二人の女生徒達が、窓の外を見下ろして、騒いでいた。
マリもチラリとそちらを見てみると、白髪の青年がHonda車の側に立っているのが見えた。
(あ、今日は予定してなかったけど、グレンが迎えに来てる)
彼はこちらの世界に来てから、モデルの仕事を始めた。
元々均整のとれた体格をしているし、顔が良いので、街でスカウトされたらしい。
魔王の封印の報償金を換金したら、贅沢しなければこちらの世界で食べていくのに問題無いくらいの財産になったのだが、何となく始めてしまったらしい。
それで今は大人気なのだから、元々素質があったのかもしれない。
マリは急いで校舎から出て、彼の元へと向かった。マリの姿に気がついたのか、彼は柔らかい笑みを浮かべた。
「グレンー!! この辺に用事でもあった?」
「マリさん! 急に会いたくなったから、押しかけたんだ」
グレンに群がる女生徒達が悲鳴を上げた。
「どういう関係!?」
「もしかしてストロベリーフィールド家のお金で、彼を買ったの!?」
「私のグレン様を汚さないでー!!」
口々に出てくるとんでもない言葉の数々に辟易とする。
「私とグレンとは友達だから! 変な噂たてたら、許さない!」
脅しをかけると、彼女達は黙りこくった。マリが既にストロベリーフィールド系列の企業の経営に口出し出来る立場にまでなっている事を、よく分かっているのだろう。
「取り敢えず、車に乗って」
「うん。ここじゃユックリ話も出来ないしね」
マリがシートベルトを締めると、自動車は静かに発車した。
彼はこちらに来てから正式に運転免許を取り、だいぶ運転が上手くなったと思う。
元々器用な人だったので意外ではないが、こちらの生活に馴染みつつあるのが目に見えるのは嬉しい。
「これからヘイムさんと魔法のレッスンするつもりだったから、ブルックリンの家に行くつもりだったんだけどね」
現在、グレンとヘイムはブルックリンで同居中である。
同じ苗字を名乗り、家族という事にしているらしい。
家を買う資金は、向こうで稼いだ報償金を三人で同額ずつ出したので、一応マリの部屋も用意してもらっていたりする。
「そうだったんだ。今日撮影中に、凄いクリスマスツリーを見つけたから、マリさんと一緒に見たくなったんだ」
「クリスマスツリーか。もうそんな時期なんだね」
マリはそういえばもう十二月だったと思い出す。
学校での勉強や、会社の事で頭がいっぱいで、時々ニューヨーク市内でのイベント等を忘れてしまいがちなのだ。
クリスマスというビッグイベントを失念しているくらいなので、よっぽどである。
Honda車はロックフェラーセンター前に停められる。
ここまで来れば、グレンが何を見せたがっているのか察する事が出来た。
ロックフェラーセンターに飾られるクリスマスツリーは、NBCで毎年点灯の様子が放送されるくらいに有名なのだ。
一人で歩くのはなかなかに厳しい場所でもある。
二人で自動車を降り、巨大なクリスマスツリーの元まで行くと、既に多くの人でごった返していた。
これだけ人が多いと、有名人のグレンが目立たなくていい。
「うわー、相変わらず人が多いな」
「早朝はあまり居なかったのにな……」
「起きてる人がそもそも少ないし!」
「それもそうか」
「スケートでもする?」
クリスマスツリー前のスペースに設けられているスケート場を指差すが、彼は緩く首を振った。
「ユックリ話たいから……、このままで」
「そっか」
長い沈黙の後に、グレンはポツリ、ポツリと話し出した。
「……マリさん、僕の為に今一生懸命勉強してくれて有難う。君の事、本当に誇りに思っている」
「まー、私が気の済む様にやりたいだけだから!」
「僕も今のうちに稼いでおくから、マリさんの方のけりがついたら、一緒に君の夢を叶えよう」
「……ほう? そんな事言って、芸能活動にのめり込んじゃうんじゃないの?」
「そんな事ないよ。君に食べさせて貰った料理で、僕は救われた。だからもっと多くの人達に、君の料理を味わってほしいんだ。どうか……夢を諦めないでほしい」
自分の料理は、グレンに何らかの良い影響を与えていたらしい。
嬉しく思うが、なんとなく切ない気分だ。
小さな時からの夢を諦めるつもりなんて無いが、この先どうなるか分からない。もしかすると、死ぬまでストロベリーフィールドに囚われたままかもしれないからだ。
「周りの人達に手料理を振る舞うだけでも、最近は満足しちゃうんだけどね。アンタは私に拘らず、自分の人生を歩んでよ」
「君が向かう未来に僕も関わりたい。許されるなら、もっと近付く事が許される関係で……」
(あー……、これって告白ってやつか……)
ボケていたら、聞き流してしまったであろう言葉を、マリは正確に理解した。
一年以上一緒に過ごしている中で、彼からの好意を感じ取れる事が何度もあった。そしてたぶん、マリも同じ気持ちだ。
厳しい戦いの日々の中、彼から何度も助けられた。そして、温かい言葉も貰った。
彼との積み重ねられた信頼を思うと、ニューヨークに戻って来ても、他の男に目がいかなかった。
だけど、性格上ストレートに返事を返せない。
「12月24日と25日はアタシの為に空けておいてよ。この意味は自分で考えてよね」
「クリスマスイブと、クリスマスか。分かったスケジュール空くように調整してみる」
若干伝わってない気もするが、彼との関係はこんなもんだろう。
当日ハッキリ伝えるかと考え直し、肩を竦める。
グレンと出会って、マリの人生は大きく変わった。
今の状況は、幼少時に出来れば避けたいと考えていた事だ。
だけど、現実から目を背けてない強さを身につけられたのは、きっとグレンを始めとする、異世界の人々との冒険を経験したからに他ならない。
異世界は平和になったけど、こちらの世界での冒険はまだまだ終わらない。
ちょっと半端になりましたが、クリスマスエンドです~
ここまで読んでもらって有難うございました。




