脱走した魔法使い②
キャンプカーを停車し、黒いローブの老人の元へと駆け寄る。
彼はヘッドライトの光が眩しいのか片腕でガードしていたが、マリが近付くと顔を上げ、驚きの表情になった。
「お爺さん!!」
「むむ……。選定者様ではありませんか」
「どうしてこんな所を歩いているの!? 深夜徘徊していたら家族に迷惑かけるよ!」
「私は独り身なので心配する者は居りません」
「……そうなんだ」
すっかり忘れてしまっていたが、そういえばこの老人はアレックスと風の神の件で牢屋に入れられていたはずだ。
ここに居るのは、釈放されたからなのだろうか。
その答えは彼の口から告げられた。
「実は、脱獄してきたのです」
「ワーオ。思い切った事したね」
普通の脱獄犯なら、関わり合いになりたくないが、この人の場合はアレックス達に巻き込まれただけなのだから、ただ気の毒なだけだ。むしろ怪我や病気等をしてないか心配ですらある。
「どこに向かっているのか知らないけど、疲れているだろうし、私の車に乗ってかない?」
「車とは……?」
「あそこに停めているのがそう。移動式の住居みたいなもん」
キャンプカーを指差すと、老人は感心したように頷いた。
「選定者様ともなると、乗り物一つでも立派な物を使われてるんですな。ご迷惑でないなら、ご一緒させてください」
「オーケー。付いて来て」
老人を伴ってキャンプカーへ戻ると、入口付近で見守っていてくれていたグレンが頬笑んだ。
「お爺さんの為にラーメンを煮てくる」
「あ、私にも少しだけちょうだい」
「じゃあ僕と半分にしよう」
「いいね!」
グレンは最近、簡単な料理くらいは何なくこなす。
サッポロラーメンやらラ王やらのインスタントの煮ラーメンであれば、あっという間に作ってしまうだろう。
今は宮廷魔法使いと話したいし、自分以外の人が作ったインスタントラーメンは妙に有り難く感じるので、断る理由がなかった。
ソファセットまで老人を案内し、サイドボードから取ったマグカップにルイボスティを注ぐ。
それを手渡ししてやると、老人の顔が穏やかになった。
「ここは居心地がいいですね。極楽のようです」
「それは良かった」
(大変だっただろうな。牢屋から一人で逃げて、寒い中ここまで歩いて来たわけだし)
そう考えてから、マリはハッとした。
「ねぇ、私達王都に向かっているんだけど、お爺さんは戻りたくないよね?」
「……そうですね。王都から遠ざかりたくはあります。まぁ今は王都内が大変な騒ぎですので、戻ったとしても再び捕まる可能性は低いでしょうけども」
「もしかして魔王軍が攻めて来ているから?」
「えぇ、脱獄後追手から逃げている途中で耳に挟んだ情報ですと、王都に住む者達は我先にと避難してますし、王室が所有する騎士団や魔法使い達は王都防衛の最前線に出ています。そのような混乱状態なので私は逃げおおせたわけですが」
マリは成る程と頷く。数日前までは平和な都市だったが、現在は身勝手な者や犯罪者が溢れるような、危険極まりない状態になっているらしい。
(王都は、やっぱり人手がたりてないかぁ。でも私達が二つに分かれるのもなぁ……)
改めて老人の顔を見てみると、以前より確実に老けてしまっているし、その表情は色々な事を諦めてしまったかのように空虚だ。マリは彼を見つめているうちに、いい考えが浮かんだ。
「ねぇ、お爺さん。私と一緒に水の神に会いに行かない? 衣食住の面倒をみてあげるから、傭兵になってよ」
彼は王室に雇われていたのだから腕は確かだろうし、全てが終わった後に元の世界に帰る事を考えたら、繋がりを持っておきたい。それに今この老人とお別れしたら、彼は寒空の下をまた歩くのだと思うと、想像しただけで辛くなる。暫くの間だけでも共に過ごしてやりたい気がした。
「私でいいならお受けしますよ。今後何の予定もありませんので」
案外気軽に引き受けてくれてホッとした。
「同行者が増えるんだね」
いつの間にかグレンがキッチンスペースから出てきていた。
話の腰を折らないためなのか、立ったままキリがいいところまで待っていてくれたようだ。
その手に持つトレーの上には湯気を立てる器が三つ乗っている。
「うん。優秀な味方を得られたから、心を決めたよ。アンタと公爵を王都の近くで下ろして、私とセバスちゃん、そしてこのお爺さんの3人で水の神の元に行く」
「いい選択だと思う」
テーブルの上に器を並べてからグレンはマリに目を合わせた。
「マリさん、この世界を救って……。僕の生まれ故郷を」
「勿論だよ! アンタも怪我とかしたら許さないからね」
王都の近くで彼とは暫くお別れになる。想像すると少々寂しいが、テーブルの上の野菜炒めタップリの味噌ラーメンを食べたら、この寂しさを乗り切れるかもしれない。
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