火の神殿へ③
「モイスさん。遅くなって悪かったね」
マリ達の近くで馬から下りた男に声をかけると、ニンマリと笑われる。
「まぁ、予定より遅くなるのは予想しておりましたわ。なんせ、ここ数日で異常行動をとるモンスターが増えてきましたんで」
「モイス、君が火の神殿まで来る時も苦労したのかな?」
「私は三日程前にここに到着したんやけど、その時は大した事ありませんでしたわ」
公爵の質問に対するモイスの答えにより、瘴気が早急にこの世界の生き物に影響を及ぼしているのだと知れる。この分だと亜人や人間もやばいかもしれない。
なんだか胸の奥が騒めくが、取りあえずはアダマンタイトの情報を集めるのかが重要だ。
「火の神殿の神官にはいつ会える?」
「ちょうど今神官達が打ち合わせしてますけど、直ぐにお会いになりたいんでしたら、無理矢理引っ張り出す事も出来ますね」
「重要な話をしてるなら、邪魔出来ないかな」
「いや、ここは僕達を優先してもらった方がいい。アダマンタイト入手は、プリマ・マテリア全体の――というか、人類全体にとってかなり重要な事だよ」
事情を知る公爵が口を挟む。
強引な要求をされるのを予想していたのか、モイスは気軽な感じで頷いた。
「ま、そうですね。火の神殿に直ぐにお連れしますわ」
「いいの? 有難う」
◇
キャンプカーを10分程運転し、火の神殿前に辿り着く。
三方を崖に囲まれた頑強な建築物には大小様々な尖塔が幾つも立っている。
外壁が黒色なため、まるで黒く、大きな炎の様にも見える。
マリと公爵、そしてモイスの三人で火の神殿の本殿へと行くと、神殿騎士達はキビキビとした動きで門扉を開けてくれた。モイスが同行しているから、いわゆる顔パスなんだろう。
神殿内部に踏み入ると、中は薄暗く、長い通路の両側には、赤々とした灯が等間隔に揺らめいている。
幻想的と言ってもいいかもしれない。
マリ達に気が付き、近寄って来たローブを着用した男性に、モイスは何事かを告げる。
男は深々と頭を下げ、どこかに立ち去った。
その上下関係がハッキリしたやり取りを眺め、マリはモイスに問いかける。
「今誰かを呼んでくれたの?」
「大神官を呼びましたわ。歳食ってる爺やから、この辺の土地の事にかなり詳しいんで」
「また大神官か」
これまで土、水、と一風変わった大神官に会い、次は火だ。マリは普通の人なのかどうか気になり、内心身構える。
先に立って歩き始めたモイスに公爵と二人で付いて行く。
この建物には人力エレベーターの様な物は備えられていないので、上の階までは階段を自力で上らなければならない。
四階まで行き、通路の突き当りの部屋に三人で入る。
中は古風な執務室といった内装。てっきり応接室に通されると思っていたマリは、少し意外に思った。
「ここは私の執務室ですねん。大神官が来るまで蒸留酒でも出しはりましょか?」
モイスは棚から茶色のガラス瓶を手に取り、掲げて見せるが、マリは未成年なので飲めない。
「私は要らない。公爵は飲めば?」
「僕も要らないよ。陽が高いうちから度数の高いアルコールは飲まない事にしているんだ」
「おや、残念」
彼は肩を竦めつつ、玻璃の杯に自らの分を注ぐ。
その慣れた様子をマリはジッと観察する。
私物を置いておく程頻繁に、火の神殿に来て仕事をしているのだろうか。
「モイスさんは今回なんのために火の神殿に来てるの? ルーティン業務?」
「風の神さんが、別の世界に渡ってしもうたんで、ウチの神の力で様子を見してもらおうかと思いましてね。あ、そうそう。これ、言わなければと思ってたんですけど、明日聖域に行きますんで、マリ様も同行しはりますやろ?」
有無を言わさぬ口調だ。
まぁ、マリとしても風の神の様子は気になるし、今後の為にも火の神に会っておくべきだろう。
「明日ね。行くよ」
――コンコン……
扉を叩き、モイスの返事を待たずに入って来たのはヨボヨボの爺さんだった。
「枢機卿殿、失礼しますょ」
「アウソン大神官。会議中に呼び出してしもうて、すんまへんな。こちらがプリマ・マテリアの次期最高神官のマリ・ストロベリーフィールド様ですわ。その隣がフレイティア公爵」
なるほど、この人が火の大神官らしい。彼はマリを見て、シワシワの手を合わせた。
「んんん……。ゴホゴホ……。アウリンと申します。マリ様のお噂はかねてから聞いておりますぞ。かように小さきお方とは、フム……」
何を納得したのか分からないが、大神官は首がもげそうな程頷く。
マリと公爵はそんな彼に対してそれぞれ名乗り、四人長椅子に腰かけた。
「えぇ……と。アダマンタスの話しを聞きたいのでしたな。……あれは儂がまだ小童の時分に――」
「ちょい待ち。亀の話しちゃうくて、アダマンタイトの話しやねん。シッカリしてや」
「おや……? 最近耳の調子が悪くて、聞き間違えましたな」
「耳だけじゃなく、全体的に酷いで……」
アウリン大神官は、なかなか酷いモイスのツッコミをスルーし、腕を組んでうんうん唸る。はたして彼の記憶は無事なのだろうか?
「うーん……。アダマンタイトについて何かに書き留めてないの?」
堪り兼ねてマリが口出しすると、大神官はポンと手を叩いた。
「漸く思い出しましたぞ」
「やっとかい。はよ言うてくれん?」
「勿論ですとも」
まるで孫と子供の様なやり取りだ。
マリは公爵と二人、半笑い状態で、老人の口から情報が引き出されるのを待つ。
「アダマンタイトは、人力で採取する事は出来ないですな」
「え!? じゃあ、私が手に入れる事は出来ないの!?」
それでは困るので、マリはテーブルを両手で叩いた。
アウソン大神官はそんなマリは「まぁまぁ」と宥める。
「入手する方法はありますぞ。要はドラゴンを狩ればいいのです」
「ドラゴンって、メチャ強いんじゃ?」
ドラゴンと言えば、マリが知っているくらいにメジャーなモンスターだ。ヨーロッパの伝説だけでなく、最近の映画とかでも出てくる凶悪な奴。そんなのが居るなら、出会ったら即逃げたいわけだが、この老人は狩れと言うのか。
「そうですな。常人の手には余るでしょぅ。ですが、アダマンタイトとはアースドラゴンという種族が好物としてますので、倒し、その体内を探るのが、入手法としては確実だったはず」
「まじか……。で、そのアースドラゴンはどこに居るの?」
「イヴンナ山ですね」
カミラの石板には、ザックリ”アダマンタイトはイブンナ山で入手する”と書いてあったが、正確にはアースドラゴンを倒した上で、その体内から得たようだ。
思った以上にリスキーなので、マリは気が遠くなった。




