勇者もどき追放作戦⑧
「だって、他の世界からこの世界に来たくらいだし! 今だって、目で見るものが信じられなくて、映画やドラマのロケ地なんじゃないかって思っちゃう! 良くこんな古くて、色んな人種がゴチャ混ぜになっている街を統治出来るね。見たところごく普通の三十路って感じだけど、有能な三十路なんだろうね。……って、なんなのセバスちゃん!」
領主に向かってペラペラと喋り続けたマリは、セバスちゃんに肘でつつかれ、渋々黙った。
「マリちゃん、公爵を楽しませてはいけないよ」
シルヴィアも公爵も困った様に笑う。この雰囲気は、大人込みのパーティでよく見る、扱い辛い子供がいた時のアレだ。
「敬語を使うべき?」
「別に使わなくていいでしょう。私達は合衆国の国民。このイケメン風の男の領民ではないのです」
「なるほど! 確かにそうだね。こっちが下手に出たら、調子こいたこと言い出しそう!」
「凄い……。貴女達、メンタル強すぎ……。公爵殿は一応、この国有数の権力者なんだけど……」
「私達の事はどうでもいいよ! それより、一ヶ月程前にこの国に呼ばれた勇者の事を教えてくれないかな? アレックスって名前じゃなかった?」
半笑いでマリの話を聞いていた公爵は、ゆっくりと一度頷いた。
「先月、国王陛下に謁見しに行った時、『勇者』と呼ばれている少年に会った。たしかにその者は、君が言うように、『アレックス』と名乗っていたね」
公爵の言葉で、ピースがピタリと嵌った様な感覚になり、マリは笑顔になった。
「やっぱ、そうだったんだ!」
「君とアレックス少年はどういう関係? 友人とか?」
「マリお嬢様とアレックス氏は婚約してるんです」
「白紙に戻すつもりだけどねー!」
『婚約者』という言葉を聞き、シルヴィアと公爵は目を見合わせる。別の世界でも、この単語は威力を持つものらしい。
「公爵殿。マリちゃんを国王陛下に謁見出来る様に取りはかってはどうだろうか? 将来を約束した者同士なら会わせないわけにいかない」
「そうだね。僕の使い魔を国王陛下に送り、打診してみよう」
「有難う。助かる!」
「ただし、無償では動けないな。別の世界特有の事で僕を楽しませてくれない?」
公爵は食えない笑みを浮かべる。同情だけでは動かない男って事だ。しょうがないので、マリはセバスちゃんに視線を向けた。
「セバスちゃん、アレを公爵に出してあげて」
「アレ?」
「我が国の国民食!」
「おおお!! いいですとも。きっと公爵も気に入るでしょう」
セバスちゃんがデップリとした腹の辺りで、日本の某国民的アニメのカ○ハメハ的な構えをすること、三分。ポヨン、と間の抜けた音とともに、白と赤の包装紙に包まれたハンバーガーが出てきた。タネも仕掛けもない、セバスちゃんのスキルである。
「ささ……、どうぞどうぞ。冷めないうちに」
公爵はハンバーガーを受け取ると、露骨に嫌な顔をした。
「なんかコレ、人肌みたいな温度だよ。魔法を使ったみたいに見えたけど、実はシャツの中に隠してただろう……」
「何を失礼な! れっきとした私の魔法です!」
(ああ、確かに言われてみると、そんな気もしてくるよね……。オッサンって、マジックが好きな人多いし)
昨日自分も、人肌くらいの温度のハンバーガーを食べた事を思い出し、顔を顰める。なんやかんやと歳の近そうな男二人で揉めた後、公爵は漸くハンバーガーを頬張った。
「む……、このパン、凄く柔らかいし……甘い。赤いソースと漬物の酸味やアクセントがいい……。それとこの肉、いったん細切れにしてから固めて焼いているのか。食べやすいな」
「そうでしょう! そうでしょう!」
どうやら、公爵は某チェーン店のハンバーガーをとても気に入ってくれたようだ。権力者というくらいだから、豪勢な食事ばかりしているから、こういうファストフードの味が新鮮に思えたのかもしれない。
「満足してもらえた? 国王陛下とのやり取りをしてもらえるって思っていいよね?」
「しょうがない。約束は約束だからね。責任持って、間を取り持つよ」
公爵の言質を取り、マリとセバスちゃんはガッツポーズした。
「はぁ、全く、公爵殿も人が悪い。元々こちらの世界都合で、勇者を召喚しただろうに……」
それまで、興味深そうに三人のやり取りを見つめていたギルドマスターは、肩を竦める。彼女からこぼれ落ちた言葉に、マリは改めてこの世界の異変について興味が湧いた。
「最近、この国ではモンスターが凶暴化して、人里に下りて来てるって聞いたんだけど、何でなの?」
「モンスターが凶暴化し、世の中では犯罪が増えている。でも、これは初めての事じゃない。歴史上で繰り返されてきた事なんだよ」
「原因は?」
「研究で分かって来た事なんだけど、この世界に定期的に溢れる瘴気が、生き物を狂わせているようだ。人に害するモンスターにばかり注目が集まっているけど、実は人にも良くない影響が出ているんだよ。公爵の様に、自分の欲を優先したがる」
「えええ!? ちょっと待っておくれよ。僕は定期的に自分の魔法で浄化しているから、これは元からの性格なんだけど!」
色々残念な話である。マリは半笑いを浮かべた。
(だけど、これって、私達にも危険が及びそうな話だよね。浄化? のやり方については聞いた方が安全そう……)
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