帰還からまた旅支度⑧
王都に帰って来てから三日目、マリは公爵家の厨房を借り、ミシシッピマッドパイを作っている。
コカトリスの丸焼き等をご馳走してくれたナスドや、公爵家の使用人達にプレゼントしたくて、アメリカらしいデザートを用意する事にしたのだ。
石窯を使うのは、人生で二度目なので、炎の管理に結構苦労している。
一年前にストロベリーフィールド家の別荘でピザを焼いた時は何となくうまくやれたのに、今回は失敗続きだ。
「げげ……。また焦げ臭い匂いが……」
「炎の勢いが強すぎたのかと……。私にお任せ下さいませんか?」
それまでマリの様子を伺っていた厨房長が気まずそうに声をかけてくれるが、出来ない事を投げてしまうのは、少々悔しい。
「もう一回自分でやってみるよ!」
「おお……」
石窯で焼いているのは、タルト用のココアクッキー。元々の色が黒いので、中に入れてしまうと色合いの変化が分かり辛い。
マリはクッキーを窯から取り出し、冷ましてから、一枚食べてみる。
焦げ臭くはあるが、味は大人っぽいビターでそんなに悪くはない。
(うーん……、これオヤツ用にするかどうか悩むな。焦げてる物食べすぎると身体にあんまりよくないしなぁ~)
クッキーの扱いを悩んでいる間に、公爵家の使用人が酷く慌てた様子で厨房の入り口に現れた。
「あの……、マリさま、お忙しいところ申し訳ないのですが、王城から公爵が戻って来まして、マリ様を呼んでおられるのです」
「え、そうなの? すぐに行くって伝えて!」
「畏まりました。城からのお客様達と共にエントランスでお待ちですので……」
(城からお客様? 誰を連れて来たんだろ?)
伝達に来てくれた使用人に尋ねたかったのだが、彼は足早に立ち去ってしまった。
彼の焦った様子から察するに、それなりに身分の高い者が来てしまったと考えていいだろう。
マリは面倒に感じつつも、手早く水桶で手を洗い、エントランスへと向かう。
「あぁ、マリちゃん。急に呼び付けてしまって悪かったね」
「公爵、おかえりー」
螺旋階段の下に立ち、マリに手を振るのは公爵だ。
その周囲に集まるのは、随分派手派手しい人々。赤や黄色、オレンジ、金や銀。この世界の庶民があまり身に付けない色合いの衣服を身に纏い、近寄るマリをにこやかに迎える。
貴族なのは間違いなさそうだが、マリに何の用があるのだろうか。
「呼ばれたから来たんだけど、どうしたの?」
「料理中って聞いたよ。邪魔してごめんね」
「いいよ。この人達は?」
「僕の隣に立つのは、この国の宰相だよ。他の者達はその補佐官だ」
公爵の紹介を受け、真っ赤なガウンを着た中年のオッサンが、マリの前に進み出た。
「私はミクトラニ王国の宰相を務めさせていただいているデン・ヴジバラと申します。以前王城でお会いした時と変わらぬ美しさでございますね」
「はぁ、どーも」
マリは男を記憶していない。たぶん、彼はマリが国王と面会した時の事を言っているのだろうが、その時は似たような姿の官僚が多数いたので、覚える気もしなかったのだ。
「選定者様、公爵に話を聞きましたよ。こたびはこの国の伝説級の怪物の一体であるカリュブディスの無力化に成功したと」
「……」
ちょっと返事がし辛い。無力化出来たと言えばそうなのかもしれないが、正確に言うと、カリュブディスはマリと一体化したのだ。しかも、マリの身体を乗っ取る可能性もあるので、今後何をしでかすか不明。
宰相はその事を公爵から聞いていないのだろうか?
チラリと公爵の顔を見上げると、相変わらずの食えない笑顔で頷く。
肯定しておけと言いたいのだろう。
「うーん……、そうなるのかも?」
「流石は選定者様! 国王陛下より褒美を預かって来ておりますので、お渡しします」
宰相の命で、補佐官二人が豪華な箱を運んで来て、蓋を開けてくれた。中に入っているのは、あまりにも多い金貨だった。
(うわ……。また金貨か)
「金貨2000枚でございます。どうぞお好きにお使い下さいませ」
「……有難う」
ニューヨークに帰るまでの間に、相当の金額になりそうである。どう使ったものかと考え、なんとなく白髪の少年の姿が頭をかすめた。金貨は、溶かしたらゴールドインゴッドに変えられるので、元の世界に持って帰っても財産価値があると言える。父の研究の件は金で解決する事ではないが、彼に半分以上渡し、今後の生活に役立ててもらったらいいんじゃないだろうか。
何も持たずに研究所を出て来た彼は、ニューヨークに帰ったら何も無い。この前リザードマンに貰った真珠も、受け取り拒否されてしまっていたので、モヤモヤしていたのだ。
過去の話をする時に、金貨の話をしてみたらいいだろう。
「それとマリ様。少しお時間宜しいですか?」
「え、何?」
「お耳に入れておきたい事がございます……」
国王からの褒美を渡したら帰るのかと思いきや、他にも話があるようだ。
料理中なのに迷惑だと思いはしたが、追い払うわけにもいかず、渋々頷いた。




