帰還からまた旅支度⑦
ローテーブルの脇に置かれたコカトリスの丸焼きに、マリは近寄る。知人に料理を作ってもらうのはなんでこんなに嬉しい気持ちになるのだろう。
丸焼きは表面がキツネ色で、バターでも塗ったのかテカテカしている。
「ナスド、取り皿はローテーブルに置いておくよ」
「おー、ありがとよ。後はキッチンにスープがあるから、深皿に入れて持ってきてくれ。人数分な!」
「はいはい」
ナスドとユネのやり取りは慣れてる感じだ。しょっちゅう一緒に食事をとっているのかもしれない。
巨大包丁を構えたナスドは、それをコカトリスの脇腹に思いっきり突き刺し、ザクザクと切り裂く。
たちまち大量の湯気が立ち昇り、ガーリックの香りが充満した。
マリが歓声を上げながらその中を覗き込むと、入っているのは、ガーリックライスだった。
先程まで意気消沈していたセバスちゃんも、この臭いに耐えられなくなったのか、フラフラ近付いて来た。
「家族で過ごした感謝祭の日を思い出しますね。父が毎年いきのいい七面鳥を買って来て、祖父が絞め殺し、祖母と母がそれぞれの生家のレシピを主張し合って、喧嘩してました。出来上がった丸焼きは毎年、二つの家の味が喧嘩する味付けだったんですが、それがとても良かったんです。なつかしぃ……」
「懐かしいって……、まだこの世界に来てから一ヶ月経ってないんですけどー」
何をしんみりしているのか不明だが、いつもの調子を取り戻しつつあるようなので、一安心だ。
「マリ、皿をくれ。お前に一番に取り分けてやる」
「やった!」
ローテーブルから大きめの取り皿を持ち上げ、ナスドに渡すと、コカトリスの腹の中からこれでもかという程ガーリックライスを盛り付けられ、その上に大きく切られた肉を乗せられた。
マリの手に戻された皿は、かなりの重量があり、食べ切れるだろうかと苦笑いしてしまう。
持ってきていたスプーンでガーリックライスを一口頬張ってみる。
多目のブラックペッパーや、ガーリック、そして濃いバジルの味が、口の中でガツンと広がり、目が覚める様だ。
「うわっ! 美味しいこれ! 男の料理って感じだ!」
ソファに戻ってから、もう一口食べると、次は塩味が濃かった。ナスドの大雑把さを感じれば、コカトリスの丸焼きが嫌味のない料理に思え、無理にでも完食してしまおうと決める。
「飯炊きは子供の時からのオレの役目だったから、それなりに出来るつもりだ。これはセバスの分!」
「有難うございます。いやぁ、楽しみですね~」
「白いモヤシも皿受け取りに来い!」
「あ、はい」
騒がしいやり取りを眺めつつ、コカトリスの肉に豪快に齧り付き、ブチリと噛み切ると、これまた最高の味だった。
芳ばしく焼けた鳥の旨味がスパイスとうまく調和している。
(こういうインパクトある味付けいいなぁ~)
ナスドの料理の腕に感心しながら夢中で食べているうちに、応接室の中には人が増えていた。
いつの間にか、近所に住んでいる亀の甲羅団の面々が集まって来ていたのだ。彼等はマリ達にも話しかけてくれ、ちょっとした軽食パーティのようになった。
ただ、団員のうち1名は深刻な怪我を負い、療養の為に旅に出てしまったらしく不在だったので、残念ではあった。
ナスドに群がる人々が居なくなった頃合いを見計らい、マリは彼に近寄る。
「おぅ! マリ。お代わりか?」
「もうお腹いっぱい。ご馳走さま! ちょっと話してもいい?」
「いいぜ? 何だよ」
彼は自分の皿からガーリックライスを食べながら、顎で話の続きを促した。
「私達、近々ハリテクトリ侯領に向かうんだ」
「あぁ、東のな。で?」
「領内にあるイヴンナ山でアダマンタイトと、ドワーフの集落でオリハルコン製の剣を手に入れたい」
「オリハルコンは今採掘量がだいぶ少なくなっているし、アダマンタイトに至っては、伝説級の鉱石だぞ」
やはり入手は生易しくなさそうだ。
どうしたものか……。
眉根を寄せるマリを気の毒に思ったのか、ナスドは「あー」と気まずそうに頭に手を当てた。
「まぁ、オリハルコン製の武器はオレ達も幾つか作ってもらったから、そっちの方はアドバイスしてやれるな」
「本当!? どうやってゲットしたの!?」
「早い話、モンスターの討伐をしてやったのさ。ドワーフ達はクラフターとして優秀だが、高齢化が進んでるせいで、武力的にはしょぼい。だから坑道に住み着くモンスター共に悩みを抱えているんだ。そこでオレ達は武力を提供し、向こうは技術を提供。ギブアンドテイクな契約を結んだんだ」
「今はモンスターが活発化しているし、更に武力を求めていたりするのかな?」
「だろうな。同時に危険度も上がっているから、寄せ集めのショボいパーティじゃ全滅するだろうが」
「マジか……」
マリ達がパーティと言えるかどうかは分からないが、寄せ集めなのは間違いない。自分達で対応しきれるのだろうか?
「それと……、アダマンタイトは神的な力を秘めた鉱石と聞く。現存するのかしねーのか、俺は知らねぇが、火の神殿の神官なら何か知ってるかもしれないな。ハリテクトリに行くなら、神殿に寄ってみろよ」
「やっぱ火の神殿行きは必須かぁ」
どっちにしろ、四大元素を司る神々には合わなくてはならないので、マリはハリテクトリ行きの旅程に、火の神殿も加えてしまう事にした。
◇




