帰還からまた旅支度①
リザードマンの里での宴が行われた次の日、アリアは王都へと向かうマリ達を見送りに、外に出ている。
昨日体調が悪そうだったマリは、一晩でスッカリ元気を取り戻した様で、彼女を取り囲む神殿騎士達を揶揄ったりしている。短い期間ではあったが、彼女はこの水の神殿で支持者を増やした。騎士達だけではなく、気難しい神官達の中にも、彼女を認める発言をする者が何人もいる。
その中の一人であるイドラは、塔の入口付近で静かにマリ達を見つめる。
彼女はこの短期間の間に変わったと思う。
以前は、水の神への盲目的な信仰心からの発言が多く、それに加えて面倒事を全て他の神官に押し付けがちだったので、尊敬すべき人物ではなかった。それなのに、昨日、自らの足でリザードマンの里へと行き、宴に参加した。
こんな事、以前の彼女では到底無理だっただろう。
たぶんマリがカリュブディスを相手に身体を張っているのを見て、神殿のトップとして思う事があったんだろう。
(マリが最高神官になるのだと聞いて、正直違和感があったのだけど、彼女と関わったら、認めざるを得ないわ)
いつしか水の神殿の敷地には、リュートの軽やかな音と、朗々とした歌声が響き渡っていた。彼等はプリマ・マテリアの枢機卿が連れて来た吟遊詩人で、2~3日かけて最高神官と勇者の活躍を讃える歌を作っていた。そして明日水の神殿から旅立ち、この国の各地で歌を披露するらしい。
マリは嫌がっているが、アリアは、吟遊詩人が歌で今回の災厄を多くの国民に伝えるのは、素晴らしい事の様に思えた。
この神殿に降りかかった事は結局なんだったのか、そして誰が活躍し、平和をもたらしたのか、リザードマン達との和解に至るまで、余さず伝えてくれたらいい。
マリは赤毛の枢機卿に文句を言いながら、キャンプカーに向かって行く。それを見て、アリアは慌て、彼女に走り寄った。
「マリ!!」
「アリア……、ムグッ!?」
小柄な身体をギュムッと抱きしめる。腕の中で苦しそうにもがく彼女から少しだけ身を離し、顔を見下ろす。マリはキョトンとした表情でアリアを見上げるのだが、その瞳が金色になっているのに、胸が痛む。色が変わったのは、神の子と同化した事による影響らしい。罪悪感を感じずにはいられない。
そんな彼女を労わりたくて、モチモチとした頬を撫でる。
「有難うマリ。あの時、マリに拾われなかったら、何も解決しなかったわ。それどころか、神の子に対し、私達だけで挑む事になったでしょう……」
「アリア達の役に立てて良かったよ。皆協力的だったし、アンタは勇敢だった。……今回の事は、きっと私、一生忘れられないと思うんだ」
「私も忘れられないわ。困った事があったら、必ず力になるから、遠慮無く相談してちょうだい」
「ふぅん? もう一度ここに来るまでの間に、何か頼めないか考えておくね」
彼女は挑発的に笑う。そんな表情でも愛らしいのだから羨ましい。
アリアはとある人物の姿が、マリの側に見えない事に気がついた。
「ねぇ、セバスさんはもうキャンプカーの中へ?」
「あぁ、あの人はリザードマンに何か貰いに行ったよ」
「え……」
マリの指差す方を見ると、リザードマン達に囲まれている太った男を確認出来た。
その姿に、アリアの心臓はトクンと高鳴る。
ドッシリとした姿は、飢えとは無縁の裕福さを感じさせ、理知的な目は、今は嬉しそうに細められている。
リザードマン達に渡されているのは、海の幸。
昨日の宴の席で、彼は新鮮な魚介類を貰う約束を取り付けていたのだが、リザードマンは出発に合わせて運んでくれたようだ。
両腕をいっぱいにして、ヨタヨタとコチラに歩いて来るセバスに、アリアは深呼吸しながら近付く。
「セバス様!」
「おや、アリアさん、お見送りご苦労様です。色々お世話になりましたね」
「あああの!! 私と結婚してくださいませんこと!?」
「けけけけこけこっこー!?」
「結婚ですわ!」
セバスは泡を食った様な表情でアリアを見つめる。
「貴方は私の理想の雄なのですわ! その知性、ドッシリとした体格、柔らかな物腰……。貴方程の相手、そうそう出会えないのです!」
一気に言い切り、顔を真っ赤にする。後ろに居るマリは「いいね~」と口笛を吹いた。セバスは彼女の使用人らしいので、どう思われるかと心配だったのだが、意外にも歓迎されてるようだ。
「アリアさん……私は__」
「アリア、待ちなさい」
折角セバスが何かを言おうとしてくれたのに、何故かイドラに阻まれる。いつ間合いを詰めたのか。
「貴女は、私の後継者と考えています。結婚して神殿を抜けるだなんて許しませんよ」
「私は! 今まで、神に仕える事がプロメシス領に最も貢献出来る事だと思っていたのですわ! でも、今回マリ達と一緒に強大な存在へと立ち向かって、考え直したんです。どんな形でも貢献は出来ると。そ、それと……、出来れば愛する男と共に歩んで行きたいのです!」
「貴女の考えは分からなくはありません。ですが……、貴女がこの神殿で積んだ実績はあまりに大きい。それを全て捨ててしまうなど……。とにかく、もっと慎重に考えなさい」
イドラに止められるとは思っていなかったので、動揺する。
自分の考えは衝動的すぎたんだろうか? 頭を冷やすべきなんだろうか?
「アリアさん」
放置気味になっているセバスが、キリッとしたカッコいい表情で話し始めた。
「貴女の、私への想いは疑いようがないようだ。この迸る魅力に抗える女性は、実は少なく、貴女も虜になった事でしょう。ですが、その大志をッ! もっと具体的に考えてからッ! 行動すべきだと思いますよッ! 貴女は有能なのだから、もっと練りに練って、今の立場を利用出来るならするなども考えて……とにかく、自分を大事にすべきだと思うんだよ。大事な友人だからこそ、そうであってほしい」
彼の話の内容は、アリアを振る事に他ならない。だけど、思いやりに満ちていた。この人を好きになった自分を褒めてやりたい。セバスはアリアの側を通り過ぎて行く。胸の中に広がる虚無感と、少しばかりの温かさに、アリアは軽く笑った。
キャンプカーに乗り込んだセバスは、もうアリアの事など忘れ、新たな冒険に考えが向いているだろう。
「あーあ、アイツ一生に一度のチャンスを台無しにしちゃうとか、馬鹿だね。アリアもあんなのの事なんて、直ぐ忘れた方がいいよ。人生楽しまなきゃ」
彼の主人が気を遣ってくれるのが申し訳なさすぎる。
「見苦しい所を見せてしまったわね。王都への道中気を付けてちょうだい」
「うん! またね!」
マリはキャンプカーのドアを閉め、そして直ぐに窓を出して手を振る。走り出すキャンプカーを、神殿騎士達は全力で追いかける。
「うおおおおぉおぉおおぉおお! マリさまぁあああ! 俺のアイドル!!」
「お気をつけてーー!!」
「水の神殿のためにご尽力有難うございますぅぅううう!!」
野太い声がどんどん遠ざかる。一体どこまで送るつもりなのか。
キャンプカーが小さくなっていくのを見続けていると、やっぱり胸が痛い。挙げていた手を下ろし、胸の辺りを握りしめる。
「貴女は、必ずプロメシス領に無くてはならない人物になるでしょう。出来れば、水の神殿の大神官としてそうあってほしいと思っていますよ」
肩に優しく手を置いたのは、イドラだった。
彼女に慰められる日が来るだなんて、ちょっと前なら考えられなかっただろう。
「本気で好きだったのですわ。彼の事……」
「その想いを信仰心へと変えると良いでしょう」
「うーん……」
ギャグなのか、そうではないのか、アリアは苦笑いした。
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