夕空の下で食べるスパイスカレー⑨
スパイスカレーを完食した水の神は、マリの隣に座るグレンの方を向いた。
「そこの白髪の……」
「隣に座ってる男はグレンって名前」
「そうなの。ねぇグレン。お前もしかして勇者じゃない?」
グレンを夕食に同席させたのは、その辺を聞く目的があったのかもしれない。
指摘されたグレンは、コクリと頷く。
「……一応。でも勇者はもう一人いる」
「ふぅん。勇者が二人……。なるほどね。だからカミラの生まれ変わりと行動を共にしてるのか」
ギクリとした。さっき手鏡に映った人物はやっぱりマリの前世の姿だったようだ。「過去の姿」と聞いて、薄々そうじゃないかと思いはしたが、勘違いではなかったのか。
「で、そのもう一人の勇者はどこに居るのかしら?」
「アイツは今、プロメシス領の端にあるロック鳥の巣で何時間も足止めくらってるみたい」
さっき送られてきたメッセージの内容を伝えると、水の神は声を上げて笑った。
「ウフフ。そっちの勇者はあてに出来そうにないわね。やっぱりお前……、というかお前達に頼むのが無難そう」
「頼むって、何を? 私、アンタに一つ仕事押し付けられたばっかりなんだけど……」
水の神の図々しさにちょっと腹が立ってきて、マリはトゲトゲしく苦情を言った。対する彼は麗しく笑うばかり。
「お前が作ったスパイスカレーとやらを食べて、再確認出来たの。この浄化の力は神にも効果を及ぼす事が出来るとね。だからこの料理をアタシの娘に食わせて浄化してくれない? 勇者と協力したら出来るでしょ?」
「あの化け物に!? 無理だよ! 第一水の中の生物にどうやって料理を食べさせるの!?」
「そこはほら? お前が知恵を絞るところじゃない?」
「はぁ!? ていうか、浄化は神様の仕事の一つだよね!? カリュブディスを自分の娘だと思ってるなら、アンタが浄化すれば?」
「無茶言わないでほしいわぁ。アタシ達神は、自然界もの__例えば、動植物、そして空気や水なんかは浄化出来るけど、神界の生き物とかには介入出来ないの」
「んん?? カリュブディスは神界の生き物なの?」
あの邪悪な姿からは、全く想像出来ないので、マリは驚く。
「正真正銘、神の子よ。でも何故か瘴気に対する耐性を持たずに生まれ落ちた。幼い頃から徐々に身体が蝕まれ、異形と化していく姿に、あの子の実の親は持て余し、嫌悪し、そしてこの世界に捨ててしまったの。当然アタシやこの世界の他の三柱の神々にだって、救う事は出来なかった」
「だから閉じ込めなきゃいけなかったったのか……」
「そういう事。でも、あの子は聖域から出てしまった。これ以上瘴気の影響を強く受けたら、どうなるのか……。魔王の配下に加わったら、最悪よ」
マリは腕を組み、唸り声を上げた。カリュブディスの浄化は、神ですら匙を投げるのに、ニューヨークでお嬢様として育てられた自分に出来るのだろうか? 自分の作る料理の効力がどれほどのものかも分からないし、どうやってあの化け物の体内に摂取させるかもイメージ出来ない。
失敗したらやっぱり、相当な犠牲を払わなきゃいけないのだろうか?
グレンを始め、セバスちゃんや、公爵、そして水の神殿も危険かもしれない。一人で判断するには重すぎる内容だ。
「娘を浄化してくれたら、お前達にスキルを一つずつ授けてあげるわ。こんな機会は滅多に無いわよ」
「スキルー?」
水の神は、マリが断りそうな気配を感じたのか、交換条件をつけてきた。
グレンがどう思っているのか気になり、隣を向くと、この話に興味を示している様子だ。
「グレンは水の神からスキルを貰いたい?」
「……今のままじゃ、また魔王と対峙してもかなわないと思う。スキルを貰う事で、強くなれるなら欲しいかもしれない」
「グググ……」
正直、スキルを交渉材料に使われてしまうと、困ってしまう。というのも、つい最近、マリはグレンのスキルの一つを奪い、じぶんの経験値の肥やしにしたからだ。勿論意図的にやったわけじゃないが、彼にはずっと負い目を感じている……。
だから、新たなスキルが欲しいというなら、手を貸さないわけにはいかない。
「でもグレン。この話を受けたら、アンタの命が危険に晒されるかもしれないよ」
「元々ケートスと戦う予定だったから、対象が変わるだけ……。カリュブディスを殺さない様に、戦闘力を削いでみせるよ」
「……メッチャやる気あるじゃん」
ダメだ。完全に乗り気になってしまっている。これは、もうやるしかないのか。
水の神はマリ達のやり取りを聞き、満足気に頷いた。
「うふ。勇者を同席させてみて良かったわ。水の神殿の子達にも協力するように言っといてあげるからね。あ、そうそう、石板を見つけたから、隅々までしっかり読みなさい。もう一つの仕事もキッチリやってちょうだい」
「そっちやる前に、私、死ぬだろう……」
テーブルの上に、ドンっと置かれた大きな石板を見て、マリはため息をついた。




