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夕空の下で食べるスパイスカレー⑤

 午後4時頃。水の神殿の騎士達に緊張が走る。

 昼過ぎに取り逃がした神獣、ケートスが再び神殿付近に現れたからだ。危害は加えていない。だた、飛び道具や魔法を使い、嫌がらせを行ったため、報復される可能性は充分にある。

 神殿内に居る術師や神官に報告しに走る者達、外に残り、武器を構える者達。

 考える事は皆同じ。今度こそは終わりかもしれない……、と。


 白く、神々しい生き物はユックリと岸辺に近付く。

 騎士達は、神獣を刺激しないよう、無詠唱で障壁を張り、来るであろう攻撃に備える。


 ケートスはパカリと、その大きな口を開けた。騎士達が初めてみる挙動だ。

 何が来る? 衝撃波か? それとも……。


 一同、固唾を飲んで見守る中、神獣の口から飛び出て来たのは、衝撃波などではなかった。見慣れない服装の、太った男__つまり人間が出てきたのだ。


「痛た……、痛いな……。もっと安全に出て来たいものだ」


 しかも喋り、動く。

 この男は、神官や神殿騎士達と共に聖域に向かったはずだ。戻りがあまりに遅いため、ちょうど捜索部隊を派遣すべきかと話し合っていたのだ。それが、何故、先程消えたケートスの口の中から現れたのか?

 神獣が吐き出したのは、そのデブだけではなかった。次々に人間を出し続ける。1、2、3……全部で9人!

 聖域に行った全員が、地面に転がり、うめき声を上げている。


 慈悲の心がある騎士は彼等に駆け寄って、気を遣う。

 その者が聞き出した内容を要約すると、どうやら聖域で危険な目にあい、この神獣に命を救われたらしい。


__なんだ、神獣は我等の味方だったのか……。


 騎士達は神獣に対しての考えを改めざるを得なかった。


 しかし、これだけで終わらなかった。更なる衝撃が水の神殿を襲ったのだ。


 人間を吐き出し終わったケートスが口を閉じると、今度は背中がパカリと開いた。どういう身体の構造をしているというのか……。


 開いた巨大鯨の背中から、この世の者とも思えぬほど美しい人物が現れた。

 薄群青色の長い髪を緩くまとめ、大事な所が見えてしまいそうなくらい、しどけない服装だ。

 鯨の背中だった何かは、その巨体と水の神殿の敷地を繋ぎ、麗しき者はシャナリ、シャナリとそこを渡る。


「ご覧になって! あの方! もしや!?!?」


「「「キャァァアアアアアアア!!!! 素敵ぃぃぃいいいいい!!!」」」


 神殿騎士達は、突如として上から聞こえて来た叫び声に、「何事か」と騒めく。見上げると、神殿の屋上に神官達が集まっていた。

 叫び声__否、黄色い声を上げているのは神官達なのか? 彼女達は普段禁欲的かつ清楚。清らかな乙女(とかつて乙女だった者)に道ならぬ想いを抱く騎士もいるのだ。だというのに……。


 その乙女達(とかつてそうだった者達)の中で、最もイカれた奇声を発しているのは、嘆かわしい事に、この神殿の大神官様だった。


「ネプトゥーヌス様!! あぁ! お会いしとうございました! このイドラ、貴方様の帰りを日夜待ち焦がれ……、ウンヌンカンヌン」


 神殿の屋上から飛び降りようとする大神官は、周囲の神官達に止められ__いや、ラリアットを食らわされ、姿を消した。

 男神を巡る争いの火蓋がきって落とされた。そこに清らかさなど、微塵もない!!!


 若い騎士は、カオスな光景を見守りつつ、同僚に話しかける。


「なぁ、相棒。俺は今日の事を生涯忘れえないだろう……」


「あぁ、私もさ。仲間が神獣のゲロになり、その神獣は実は神の乗り物だった」


「そして神官達は、神のファンにすぎなかった……だろ?」


「これが本当の神の試練……か」


 この日の出来事を、後世に語り継ぐべきか、揉み消すか。

 騎士達の考えは、信仰心の強弱で二分されたのだった。



 マリは水の神殿の敷地で、ケートスに吐き出された後、グレンを連れてキャンプカーに戻った。


 水の神は神官達に大人気らしく、あっという間に取り込まれてしまった。そして何故か神官達の殴り合いが始まった。清らかな神官服姿の女達の壮絶なバトルは、見ていて楽しかったが、神に夕飯を用意するように命じられているので、ノンビリとしていられなかった。

 他の命令を受けたのなら、ムッとしたかもしれないが、求められているのは料理。悪い気はしない。

 絶対に「美味い」と言わせてやりたい。


 サッとシャワーを浴び、着替えをしてからキッチンスペースに入った。


 作ろうとしているのはスパイスカレー!

 大きめのフライパンでクミンシードやカルダモン、八角等をサラダ油でジュワジュワと炒める。

 王都で大量のホールスパイスが手に入ったので、近々カレーを作ろうと考えていた。神に出すのはどうかと迷いはしたが、彼はオイルサーディンを食べれるくらいだから、カレーも問題ないだろうと決めつけてしまった。


「凄く良い香りがする……」


 グレンが首にタオルを掛けて、キッチンスペースに現れる。マリの次にシャワーを使っていたのだ。

 髪が濡れたままで風邪をひいてしまいそうに見える。


「水の神の為にカレーを作るよ!」


「カレー?」


「うん。食べた事無い?」


「どういうモノかは分かるんだけど、味わった事は無いな」


「そーなんだ! 大目に作るから私達が食べる分もあるよ。作るの手伝って!」


「うん。勿論」


「……と、その前に、ドライヤーで髪を乾かしてよね」


「ぷ……。ちょっと待ってて」


 グレンは、嬉しそうに返事をし、一度キッチンスペースを出て行った。

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