私もキャリアウーマンよ
「しまった」
息子のおむつが無くなったこと、すっかり忘れていた。
昨日は夫と思い切り喧嘩をして二階へ駆け上がり、息子のキリと寝てしまった。
夫は朝早く会社に行ったようだ。昨日は異様に腹が立って仕方なかった。最近多いこういう気持ち。
毎日の生活に疲れて、働きに行く夫が羨ましい。
「私も出かけたい」
ヒールを履いて、ワンピースを着て出かけたい。
先日、ミルクとかお尻ふきとか買って帰る途中同僚の田崎さんに会った。というか見た。私はママコートを着て息子を背負っていた。自転車に山ほどの荷物を抱えて。
遠くから彼女のロングヘアが目に入り、白いパンツにサックスのコートを風になびかせて実に綺麗だった。あのバッグも新しかった。
ふと、自転車から降りて店の駐輪場に入ったのは隠れたかったから。私だってそんな恰好をして産休前までは歩いていた。わずか一年前なのに、こうも違う。ショーウインドウにうつるのはベージュのママコートにストレッチのデニムを履いて転ばないようなペタンこの靴。
途端に悲しくなってというか、腹が立って接待で飲んで帰って来た夫が許せなかった。
「私だって外で働く!」
「育休もとって子どもを見たいって言ったじゃないか」
「いやよ、私だっておしゃれしたい。育児ばっかりはいや!」
「なんだよ、子守してあげるから出かけて来いよ」
「子守してあげるってなによ、あなたの子どもでもあるのよ」
「そんなこと当たり前だろ、怒るなよ」
「私は社会から置いていかれるのよ」
「なんだ、それ」
もう手が付けられないと悟った夫は風呂に向かった。
そのあとは階段を響き渡る音を出して二階に駆け上がったのだった。もちろん、息子は音に激しく泣いたがおっぱいをくわえると泣き止んだ。
代わりに私は涙が止まらなかった。
日曜日、夫は一日見るから出かけておいでと二万円くれた。
「これは?」
「俺のへそくり、結婚記念日に何か買おうと思ってたけど、気晴らしして来いよ」
「あ、忘れてた。今日だったね」
「いいさ、晩はお好み焼きでも俺が作るから」
その言葉に甘えて出かけることにした。まず、服を着替えるがどれも入らない。産んでも変わらないウエスト、ヒップ。結局直線裁ちのワンピース。ヒールは捻挫しそうで怖い。
まずは美容院。シャンプーカットで六千円。
次は服。
目が向くのは子ども服ばかり。可愛いズボンとTシャツを買ってしまった。合わせて七千五百円。これで六千五百円しか残ってない。もう買える服というと、何だろう。でも、あれほど出かけたくて泣いてわめいたのに今は帰りたい。キリが気になる。おっぱいも張って来た。
タイ焼きを買って帰る。
家に帰るとキリが泣いてる。おもちゃのラッパをくわえている夫。
「お、早かったじゃないか。よしよしママだぞ」
キリを抱くとおっぱいを欲しがって胸に顔を擦りつけてくる。
「あわてないの、ほら」
乳首をくわえて泣き止む息子。
「いいなあ、ママはくわえさせるだけで子どもを泣き止ませることができるんだから」
「そうよ、くやしかったらパパも出してみて」
「お、ショートカットか、いいねえ」
「そう?」
「うん、それに化粧してるね」
「そういえば、朝は寝起きでいってらっしゃいだし、帰りはお風呂の後だからもう化粧ないし」
「ああ、この頃忙しくて風呂に入れるのもぜんぶやってくれていたもんな。ごめんな」
「ううん、忙しいのはわかってるはずだけど、なんだか無性に腹が立って」
「あのね、ホントは買ってあったんだ。記念日のプレゼント。三年目は革婚式なんだって、はい、これ」
「あ、財布?」
「うん、ブランド物は高くて買えなかった」
赤いエナメルの財布。
泣けてきちゃう。
おっぱいあげながら夫に抱きついたら、キリがむずかった。
「さあ、お好み焼き作るぞ」
キャリアウーマンからちょっと離れていても、子育てのキャリアをしばらく積むことにするわ。
それにしても、パパの会社も育休を認めてほしいと思うわ。
あ、またちょっと腹が立ってきた。
パパにじゃないわよ。もちろん。