歩ける重要さを知る。
何か声が聞こえてくる。聞きなれない声、慣れない匂い、そして見たこともない風景が目に宿った。
「そっか、俺は第2の人生を送る事になったんだな」と思いつつ夏樹の母親に抱き抱えられていた。遠くから男性の声が聞こえてくるが、徐々に近づいてくる気がした。
「なぁ、アリス?ルディはミルク飲んだのか?」
「カイル、お帰りなさい。さっき飲んだばかりで眠くなっているみたい」
理解能力のある成瀬夏樹はこの会話から現在の状況を事細か推測したのだ。
(俺の名前はどうやら、ルディだらしいな。なんか日本人だった俺には慣れない名前だが、受け入れるしかないな。なるほど、アリスが俺の母親か。髪の毛はいい香りがして優しそうな顔をしているな。そしてカイルと言う人が俺の父親、鎧を纏い腰には恐らく高価で切れ味が良さそうな聖剣を備えている。傭兵か何かな?)
しかし、残念なのは俺が赤ちゃんで自由が効かない点が大きい。魔法とやらは使えるだろうが、アリスとカイルのどちらかが常に俺を世話している。大人しく今は時が経つのを待つか。
そして20歳を迎え成人し自立する事となった。
と言うのは嘘です!
それから成瀬夏樹ことルディは赤ん坊生活を有意義に満喫していたが、とある生活面が1番苦手であった。
(うわ、またやってきたこのダブルコンボが、)
「ルディ、今オムツを交換してあげるわ。」
俺の排便を見られる事は勿論、中身が知恵のある学生の為、下半身を見られる事が実に恥ずかしいのだ。それからこの後のダブルコンボもやってくる。
「オムツ交換の後はご飯の時間ですよ〜」
アリスが下着を取り、赤ん坊である俺の顔よりでかい乳を無理やり顔に押し付けてきたのだ。特に腹も減ってはないが、一刻も早く成長したい為、タコの吸盤を並みの圧力で母乳を毎日吸い取った。何とも、このオムツ交換と母乳の時間は過酷で嫌な感情が芽生えていた。
数ヶ月間が過ぎ色々な事を知った。週に2回ほどアリスと散歩をする日課で面白い事が学べた。
1つは種族が沢山居ること。
猫耳があったり、羽が生えてたりと初めて見る種族に興味が湧いた。
2つは、この世界には天候が存在しないこと。
正確に言うと常に晴れており、雨も降らず、雪も降らない事に驚きを隠せない。
3つは、どうやら魔獣とやらが存在するらしい。
まだ、見た事はないが、傭兵らしき人達がたまに治療される姿を目にする事がある。
大きく分けてこの3つ学び、赤ん坊の俺はウキウキワクワクしていた。早く歩けるようになったら街を探索したり、色んな種類と話したり、この世界の事をもっと知りたいなぁ。
取り敢えず、今は母乳を飲んで早く歩ける様になりたいので、ある作戦を練った。
俺は一日に5回以上泣き、アリスの母乳を飲み、カイルといる時は剣の訓練姿を見て笑っていた。
そうすると習慣がつき、泣いたら母乳。
笑ったら剣の訓練。と計算式になる様にアリスとカイルに錯覚させた。
こうする事で、俺はなんだが、早く成長している気がする。これこそ錯覚かもしれないが、今思えば、赤ん坊生活を、楽しんでいたのかもしれない。
早く歩ける様になりたいと思いつつ、毎晩安らかに眠りについてた。