第九十七話 こんな時だからこそ一際美味しいハンバーグ
これぞうはとっても良い子だが、今回ばかりは悪いことをやらかした。やってしまったものは仕方ないので、彼は行きかう日々を反省の中で過ごすのであった。
自宅謹慎期間には、担任教師が家庭訪問して生徒と面談することになっていた。これぞうの担任教師の初老のおじん田村薫が夕方頃になると五所瓦家にやってくるのであった。
「先生、お疲れ様です。真っ直ぐ家に帰りたいところを、こうしてしたくもない寄り道をさせてしまって申し訳ない。先生の家族だって早く先生を迎えたいだろうに」
「いやいや、家はそこまで暖かい家庭でもないさ。まぁ決して冷めた家庭でもないけど。仮に明日わしがこの世を去っても、残った家族は上手にやるさ。そんな感じの家族かな」
「先生、せめて僕が卒業するまでは元気でいてくれなきゃ」
「ははっ、で、どうかな?人生初の謹慎生活の方は?」
「つまらんです。はっきりと言えます。こんなつまらない日々からは脱したいと」
「ほほぅ、身に染みたか?」
「はい、それはもう。染み抜き不可能な程に」
「はっは。まぁこれも経験、もう半分くらいあるけど頑張れ。ドリルは進んでいるか?」
「はい、順調に進んでいます」
「気の毒だが、学校で決められた処分をきっちり済ませたらまた元気に学校に来なさい」
「はい、先生。またあの教室で会える時を楽しみにしながら、僕はこの穴ぐら生活を切り抜けます」
「まったく、お前はいちいち言い方が大げさだな」
「はっは、時に先生……」
ここでこれぞうが真剣な顔になる。
「その、みさき先生はどうしているのでしょうか?」
「ははん、やはり気になるかい?」
「それはもう」
「先生も今回のことは気にされてるよ。何せお前がこうなったことには先生の父親が絡んでいるとかじゃないか」
「そうか、僕のことで僅かでもみさき先生の心を痛めさせたのなら、それは罪なことだ」
「そうだな。早く復学して水野先生を安心させてあげないとな」
「はぁ~……みさき先生……会いてぇ……」
自宅謹慎が始まって早三日。と言ってもこれぞうには一つも早いことはない時間であった。そんなわけでこれぞう、田村を前に心からの願望を口に漏らした。
「はっは。お前は本当に水野先生が好きだな~」
「それはもう……」
「先生にはお前が元気そうにしていて会いたがっていると伝えておくよ」
「お願いします」
「では、帰るとするか。残りをがんばれよ」
「はい、先生。どうもすみませんでした」
(いいヤツなんだけど、しっかりおかしいヤツであるのもまた確かなことなんだよな)田村はそう想った。
これぞうは玄関まで田村を見送った。
「はぁ、これいつまで続くんだろうなぁ。早送りして欲しいものだよ」
「これぞう~。先生帰ったの?」居間からあかりの声がする。
「うん。今帰られたよ」
「じゃあご飯できてるよー。今日はハンバーグね」
「わ~い、ハンバーグだ!こいつなんかは母乳を卒業したくらいから今日までずっと僕の好物だもんね!」
彼はハンバーグが大好き。その名を聞いただけでテンションが上がった。そして食卓へと駆けたのだ。
「添え付けの人参だって好きなんだ。ポテトサラダもね。このレタスもシャキシャキと口の中でご機嫌にオーケストラを奏でているようじゃないか」
これぞうは基本的に何でも美味しく食べる。世の作物の全てに彼は感謝と感動を示している。おいそれと貴重な命でもある食物をお残しする連中には是非見習ってもらいたいものだ。あと、卓についてからこれぞうはうるさい。
「あらあら、みさき先生~って唸ってたのが、ご飯を前にすればこれだもんね」
「ははっ、愛しい人を想ってぐったりしても腹は減るのさ。それを埋めるのが僕の人生の楽しみの一つさ」
食事を単なる栄養摂取と捉えるでなく、趣味として全力で楽しむのがこれぞうのスタイルである。
「やぁお母さん。今日のハンバーグは豚と牛のミンチ肉がちょうど良い割合だね」
彼の舌は肥えている。
「今日のは良い肉なのよ。桂子ちゃんのとこからもらったヤツ」と母しずえは答える。
「桂子ちゃんに感謝だね。今のこんな生活の中じゃ美味しいものを食べるくらいしか楽しみがないからね」
「おやおやこれぞう、肉を口にすれば大変ご機嫌だね。これに懲りたら警官と喧嘩なんかしちゃだめだぞ」でかい一口でハンバーグを喰らいながら父のごうぞうが言った。
「わかってますよお父さん。あの時は偶然にもあの場が特殊なノリと雰囲気を作っていたのですよ。そのためのことで、僕だって普段なら暴力行為には走りはしませんよ」
「よしよし、もうするなよ。お前にはお父さんのハンバーグをほんの少し分けてやろう」そう言うと父は彼の目分量で9分の1個分に値する量のハンバーグをくれた。
「わーい。ありがとうお父さん」
両親にとっては大事な息子、姉にとっては大事な弟が自宅謹慎処分を受けたわけだが、それでも変わりなく家族皆がこれぞうを愛していた。両親と姉は美味しそうにハンバーグを頬張るこれぞうを優しく見守っていた。




