第九十六話 自宅謹慎中といってもただ家にいるだけでは事は済まない
その後のことである。
理由は何であれこれぞうは警察と事を構えた。しかもバットを振り回してのことである。この事件はその場を目撃した市民から警察に通報があり、色々あって学校の方にも話が行った。確かに警官である分島の勘違いから起こったことだが、それでもこれぞうのやり返しが過剰すぎたので、学校としては今回の件は軽く見ることは出来なかった。
その結果、なんと善良にして無辜の民たる我らが主人公は、現在身を寄せる大蛇高校より一週間の自宅謹慎を言い渡されたのであった。
そして今日が自宅謹慎スタート日である。これぞうはもちろん自宅の自室にいた。
「信じられない。お利口が服を着て歩いてるようなこの僕が謹慎処分。謹慎処分なんてのは、過激抗争をやらかした荒くれ者や、著しく校則に背いた者なんかに与えられること。僕のような善良で無害な人間がこんな処罰を喰らうなんて!」
謹慎処分、そんなものは自分に一生関わりのないペナルティーと想っていただけに、これぞうは動揺していた。そんなこれぞうの隣で笑う姉がいた。
「あーはっはは、あの日はあんたの帰りが遅いから何してるんだろと想ってたんだけど。まさかそんな面白いことになっていたとはね。ほんと、あんたって等身大に収まらないぶっ飛んだ青春を送ってるわね」
「姉さん、笑い事じゃないよ。自宅謹慎を喰らう者に碌な奴はいないよ。そこにまさか僕が含まれることになるなんて」
これぞうは我が運命を嘆いた。
「お父さんとお母さんが知る範囲では、この五所瓦家の血筋の中に自宅謹慎を喰らった者は過去に一人としていないということだよ。僕が一族始まっての汚点を作ってしまったじゃないか」
「まあまあ、そんな大したことじゃないでしょ。あんたが軍団率いての戦争をしたんじゃないし、ほんのちょっぴりの不幸で愉快な手違いじゃない」
「姉さん。不幸だが、今回ばかりは愉快とは言ってられないよ」
「学校じゃ皆驚いてるだろうね。あのこれぞうが!ってね。少年院に入ったかもとか言われてるかもよ」
「まったく姉さんは他人事だからって笑ってさ」
「でも悪いことばかりでないでしょ。学校に行かない分、あんたの好きな本を読んでられるわよ」
「いや、それがね、そうでもないんだよ。僕もこんなことは始めてのことで知らなかったのだけど、謹慎中にも課題がある」
「へえ、そうなんだ。お姉ちゃんもさすがに劣等生のそこらへんの事情までは知らなかったな。何せ有能な生徒会長様だったし」
「もう姉さんたら、虐めないでくれよ。姉さんと比べられたら僕があまりにも不利だろ」
「ごめんごめんこれぞう。あんたは良い子よ」そう言うと姉は弟の頭を撫でる。
「姉さん今日は学校は休みなのかい?」
「今日は昼からなのよ。テストがあるだけよ」
「勉強しなくていいのかい?」
「もう済んでるわよ」
「さすがだね。成績優秀な姉さんだ」
あかりは成績優秀。何をするでもあかりときたら、一般人が事を達するに必要とされる時間の三分の一でそれが済んでしまう。よって勉学においては、まず理解力が早く、次に記憶するのも同じと来ている。
「で、あんたの一週間の課題は?」
「ああ、この忌々しいドリルだろ。あとは学校で指定したこの本を読んで、その感想文を提出しろってさ」
「あんた、ドリルって言うの?最近はワークって言わない?」
「何でもいいじゃないか。ドリルの方が退屈な毎日に穴を穿つって感じで格好良いだろ」
「でも忌々しいドリルなんでしょ?」
「そうなんだよ。これが一つも面白くなくて日々の退屈に穴を開けるよりも、もっと退屈で埋めまくってる要因なんだよね。まったく困ったものだ」
「本の方は結構分厚いわね。一週間で読めるの?」
「僕は割と読むのが速いからその気になれば1日で読めちゃうよ。しかしだね、この本は選択がベタだよ。あまりにも有名所だから既に読んじゃってる。今でも内容は覚えているからサクッと感想文は書けちゃうよ」
「ぷぷっ、青春に外で遊ぶ時間を本読みに当てたあんたの青春の積み上げがまさかこんな所で役立つとはね。おかしな話ね」
「もう姉さんたら、だから虐めないでくれよ。今は心に重いのをもらってる状態なんだよ。みさき先生に会えないっていう辛い時間が一週間続くんだから。この期間は僕のことはデリケートに扱って欲しいなぁ」
「そうか、あんたにとっての一番の仕置は先生から遠ざけることね。学校側としては一番きつい罰を選んだわけだ」
「聞けば学校に登校してクラスとは別メニューを受けるってタイプの謹慎もあるんだって。そっちの方がまだ良かったな」
「まぁ仕方ない。なるべくお姉ちゃんが遊んであげるからしっかり一週間反省しなさい。ドリルの分からない所があったら教えてあげるから」
「ありがとう。こんな時に一人でないのは良いことだね。姉さんがいて、そして暇でいてくれて良かった」
「そうそう、お姉ちゃんに感謝しなさい。学校の帰りに何か小洒落たお菓子でも買ってきてあげるからね」
そう言うと、あかりはそろそろ大学に行く準備があるのでこれぞうの部屋を出た。
「はぁ……知らなかったなぁ。みさき先生と会えない時間がこうも長く感じるとは」
これぞうはため息をついてそう言った。
これぞう少年はこれといった友人もなく一人で趣味に没頭することで青春の日々を楽しんでいた。他者への干渉、依存が極めて少ない彼の人生は彼の世界だけで完結していた。そんな彼が高校生になってからは「みさき」という新たな世界との交渉を得た。
そうなってからは彼自身が持つ世界観も変わってきた。みさきと一緒にいる間は、一人でいるよりも時が経つのが早く感じた。どういった理屈でこんな感覚の違いが生じるのか、彼には分からない。ただ、そう感じたのは事実であった。それだけ彼の中でみさきという人間が広いスペースを占めていたのだ。つまりこれが恋。




