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第九十五話 戦いの終わりは笑顔が良いに決まってる

 随分寄り道をして遅れたが、みさきの父はやっと帰りの電車に乗る駅に着いた。


「いや~今回の旅は本当に色々あったな。みさきちゃんが引っ越して、これぞう君と色々あって、最後には警官と事を構えて交番に行くことになるとは。中年も過ぎれば日々が習慣的に過ぎていくばかりで新しい刺激が減るんだね。そこへ来てコレだからね。この街にはたくさん刺激をもらって私も気分だけは若返ったようだよ」

「へへっ、まったく人生ってのは何があるか分からないものですよねお父さん」


 これぞうとみさきは、父の旅立ちの見送りに来ていてた。

「何で君まで来てるの?」とみさきは言う。

「だって先生のお父さんですもの。僕にとっても他人じゃないですよ。見送りくらいしないと」

「う~ん、他人ではないのね?」

 父はこれぞうが手にしたバットを見た。

「君、ホームに裸のままのバットを持ってくるとは、また物騒な者と疑いをかけられないようにしなよ」

「それは相手の判断一つによりますよ。僕は至って真面目な男なんですから」

「それで私と勝負したかったわけだ」

「ええ、今回は不幸にして愉快な事件のせいで勝負が流れてしまいましたが、またいつか」

 ここで父はこれぞうに背を向ける。

「いや、もう君とは戦わないよ」

「え!なんですって!それはまたどうして?」

「う~ん、どう言ったものかな……」

「それなら僕の特訓の意味は!お父さん、まさか負けるのが怖いのですか?」

 これぞうの言葉を聞くと、父はこれぞうの方を振り向く。

「当たり前だ。負けるのが怖くない勝負師がどこにいる?どこかの低俗なドラマで見るような喧嘩のふっかけ方をするではない。勝負の世界に身を置くものが日々鍛錬を積む理由は、一つは勝つため、また一つは負けないためだ」

「同じでは……」とこれぞうは返す。

「ああ、結果としてはそうかもな。しかしその動機が少々違っている。私は人に勝つのが大好きだ。そのためにたくさん野球の練習をしてきた。同時に負けるのがすごい怖いからそれを回避するための練習でもあった。負けるのが怖くないなんてヤツは特別鈍感なアホか、そもそも勝負に本気でないヤツだ。負けるのが怖いかなんていう当たり前のことををわざわざ聞くでない」

 父のギラついた目がこれぞうを向く。

「ただね、負けるのが怖いと想っていることがバレるのはダサい。それは皆想っている。だから皆が敗北を恐怖するのは当然、どれだけその想いを普段から隠し通せるかが問題なのだ」

「確かに、お父さんはネタをばらしたが、それでも恐怖心は感じられない」

「そうだ。勝負は意地の張り合いだ」

「しかし、それではお父さんの勝ち逃げ。僕に再戦の機会が与えられないのは……」

「これぞう君、君は私の球を空振った。で、次には私からホームランを勝ち取ろうと想ったわけだ。じゃあそれをしたい動機は何だ?」

「え、それは……」そこで言葉を詰まらせると、これぞうはみさきを見た。

「そうだ。今君の目線の先にあるもの、それが欲しいから君は私を倒したい」

「うう……」これにはこれぞう、少し顔を赤くする。

「君の欲しいソレが絡めば私達は敵同士だ。だがね、例えばシンカーが打てれば誰でもそれを手にできる、また打てなければ手に入らない。そんな道理があるかね?」

「は、はぁ。しかしお父さんに認めてもらうには」

「いいや、君は十分な働きをした。私は知っていたよ。私と戦った後、君が日がなトレーニングをしていたことをね」

「何ですって?」これぞうは驚く。

「たまたまだがね。みさきちゃんが仕事中には街をぶらぶらと歩いていたのだが、バッティングセンターに君が入って行くのが見えた。後で店長に聞けば、君はホームラン賞を頂くまでになったというじゃないか」

「ははぁ、確かに。なんとか賞を取れるくらいにはなりました」

「私はね、昨今の若者は理屈はこねるが行動に出るのを臆したり、面倒がったりする堕落者だと想っていたのだよ。やや偏見すぎかもだけどね。しかし君と来たらしっかり行動するじゃないか。そういうアクティブなところは高くかっているよ」

「はぁ……」

「結果として何が言いたいかと言うとね、私は君の本気が見たかった、感じたかったということなんだ。それは私からホームランを打てる腕を期待してるのとは意味が違う。そのための努力を期待したんだ。君は見事やってのけた。合格だよ」

「お父さん!」これぞうはバットを地面に落として父の両手を取る。

「ぼくは、なんだかとても嬉しいなぁ。人から肯定され認められることってのはこうも心地よいものなのですね」

「君は確かにまだ若く、無知で愚か。しかし私と出会った時からたった数日で少しだが大人になってきている。君はまだまだ進化するぞ。心に生じる成長痛に気をつけろよ」

「はい。ありがたいお言葉、胸に染みました」

 これぞうとみさきの父はまるで師弟の関係のように手を取り合っていた。この異様な問答をすぐ側で見て聞いていたみさきは「コイツらはまた何をやってるんだ?」と想っていた。


「それにだ……」ここで父はこれぞうにだけ聞こえるような小声になる。「最終的には君達のことは君達自身で決めることだ。私はあの子の父だが、結局は外野だよ。私を倒したら即みさきが君のものになるってのはまた別の話だからね」

「ははっ、確かに」これぞうは笑って返す。

「え、何て言ったの?」とみさきは尋ねる。

「いやいや、こないだこれぞう君に注いでもらい損ねた酒ね、今度はちゃんと注いでもらおうって話してたんだよ」父は機転を利かせた。

「もう電車が来るね。二人共元気でね。風邪を引くんじゃないよ」

 そして電車がホームに到着した。

「お父さん、みすずとお母さんによろしくね」

「あっ、僕からも二人によろしくとお伝えください」

「君は関係ないでしょ」

「ははっ、二人とも仲良くな。これぞう君は先生に迷惑をかけるんじゃないぞ」

「はい!もちろんです。お父さんお気をつけて」

 二人は手を振りながら父の乗った電車を見送った。


 父を見送った時にはもう18時頃で辺りは暗くなっていた。

「ふぅ~。もう色々ありすぎて腹が減っちゃったよ。あっ先生、帰りにカツ丼でも一杯どうですか?」

「行きません」

「あっ、でも僕財布持ってないんだった。て、え?行かないんですか?」

「そんなバットを持ち歩いてる人とは行きません」と言うとみさきはホームの出口に向かって歩き出す。

「あ、先生ってば~。まったくいけずな人だな。だがそこが良いってね!」

 結局先生大好きなこれぞうは、ご機嫌でみさきを追いかけて帰路に就くのであった。

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