第九十四話 埋まらない溝はない
夕暮れの通りで起きた例の事件は終息を迎えた。
その後、舞台は分島の勤務する交番へと移る。
事件に関わったこれぞう、みさき、その父、分島巡査の4名は交番の中で横一列になって立っていた。4人の前には机に向かって今回の事件を記録している分島の先輩警官がいた。
「あのですね。今回のことは確かにウチの分島の自由は妄想力から始まったことです。それでもですよ、そこを考慮してもまず君」と言って先輩警官はこれぞうを向く。
「汚名を着せられた怒りは分かる。だがね、金属バットで人に襲いかかっちゃいかんだろう」
「はぁ、つい雰囲気に飲まれてチャンバラを仕掛けたことは申し訳ないと想っています」とこれぞうは反省する。
「次にね、お父さん」警官はみさきの父を向く。
「お父さんは高校生と違ってもっと冷静に判断できる大人ですよ。あなただってこの分島に酷いことを言われて怒ってのことですから、そのお気持ちは確かに分かります。でもね、人の、それも大事なケツ右部分を狙って豪速球を放つのはダメでしょう」
「いやはやお巡りさんのおっしゃる通りで……」父は頭をかきながら言う。
「で、お姉さん」と言うと警官はみさきを向く。
「お姉さんは、また何というか、騒ぎの鎮圧を単独で行ったので賞をあげたい程ですがね。しかし問題が……確かに分島の暴走を止めてくださったことには感謝しますが、上から支給された手錠ね、あれの鎖を手刀で切断するとかね、いやすごいんだけど、さっきも言った通りコレは上から支給されたウチの備品で商売道具だからそれを破損させるのは普通に困ります。いや、感謝もしてるのですがね」
みさきにまでまさかのダメ出しが来た。
「はい、確かにやりすぎたかもと……」みさきはシュンとなった。
「しかし、こんなまるでアイドルみたいな女性があの鎖を素手で切れるものかね……」先輩警官は分島から報告を受けたものの、一介の婦女子にそんな芸当が出来るものかと信じられずにいた。
「そんで、お前な分島」
「ははっ!」分島は緊張して答える。
「こちらの三人には先程飽きるほど謝りまくったろうが、それでもお前はタダでは済まんぞ。良くて自宅謹慎とか減給、悪かったら首ね」
「ははぁ~そこをなんとか取り持って頂きたい」分島はマジでお願いする。
「皆さん、分島がしたことは、市民の皆さんの日々の平和な暮らしを守るという我々組織の持つ使命と真逆の行為です。これは許されることではありません。ただですね、私としてはやはり彼をかばいたい。ちょっと頭がアレだけど根は真面目、田舎に残してきたお母さんには毎月仕送りをするような優しいヤツなんです。平和を祈り、守りたい意志はしっかり持っているヤツなんです。どうか指導不足な私ともどもお許し頂きたい」
「お巡りさん」と言うとこれぞうは分島を向く。
「ちょっとした行き違いで僕とお巡りさんは戦うことになった。しかし鎬を削った仲であるあなたなら分かるはずだ。僕がこんなことをいつまでも根に持つ根暗人間だとお思いか?それこそ、僕に対する真の侮辱」そう言うとこれぞうは分島に手を差し伸べる。
「街の平和を願うなら僕も同じですよ。これから共により良い街にしていきましょう。あなたの地域を守りたい情熱はあなたお得意の棒術からしっかり伝わりましたよ」
「ありがとうこれぞう少年」そう言うと分島はこれぞうの手を握る。これにて和解成立。
父は拍手を送りながら「うんうん、いいね。君達は確かにバットと警棒を交えて戦った仲、それがこうして分かり合えた。間違いの先で己を正せる賢さがあること、それが人間の愚かにして美徳とも言える点。私は男の友情をここに見た。クソ面倒な騒ぎに巻き込まれたと残念に想っていたが、最後にこうして良いものが見れたなら私としても今回のことに後腐れはありませんよ」
「ありがとうございますお父さん。申し訳ないことをした」そう言うと分島は次には父と握手した。
「そして娘さん。あなたには大事は尻を守って頂いた。ありがとうございます」分島はみさきとも握手した。
揉めていた4人が話し合うことで和解した。先輩警官は目の前の平和な画を見ている。少し前まで額を割る、ケツを割るといった物騒なやり取りをしていた一同が、今はただ微笑みを交わし合っているのみ。確かに不幸な事件だった。しかし目の前の4つの笑顔を見た先輩警官は「やっぱりここは良い街だよ」と独り言ちた。
話せば分かる、そういった人達が住んでいるのがこの街である。断絶はない、歩み寄ればきっと溝は埋まる。この街にはそういった人間関係の希望を見るのである。




