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第九十三話 全ての歪みを正す一閃

「何と貴様!善良が服を着て歩いているようなこの私までを疑うのか!昨今の警察組織はどうなっている?こちらこそ歪んだ正義を正す突貫工事を行ってやる!」

 自分は無辜の民である。それをどこまでも信じてやまないみさきの父は、他人から悪人呼ばわりされたことに強い怒りを示した。

「お父さん!ポッケです!僕のズボンの右ポッケの中を!」

 これぞうはズボン右ポケットに潜む何かを手に取れと父に指示する。彼はポケットをポッケと呼ぶタイプの男であった。

 父がズボン右ポケットを確認すると、そこには自分の手にすっぽり馴染むアレがあった。そう、青春時代に自分が握り通した野球の硬式球である。

「ケツに!ヤツのケツを狙うのです!」とこれぞうは叫ぶ。

 これぞうと分島は手錠で繋がれてくっついている。球を投げられたならば、回避行動を取ることは出来ない。ここで父、遠慮なしに10メートル程距離を取り、さっそくワインドアップ投法へと入る。

「私と娘とこれぞう君を侮辱した罪、この怒りの一球を受けてあがなうが良い!」

 父は振りかぶって怒りの一球を投げ込む。

「わわ!やめろ!嘘だろ!警官にだぞ!」

 迫る恐怖に耐えきれず分島は取り乱す。

 父はコントロール抜群。指を離れたストレートボールは、しっかりと分島の尻の向かって右部分の膨らみへと飛ぶ。

「割れ目に入れはせん。あそこで衝撃を逃がすからな。しっかりと平面となった右ケツに食らわしてやる」

 父の考えはエグい。食らわすといったらもう食らわすのみ。彼の速球は迷いなくそこに向かって伸びる。

「あ、あああぁぁっっぁぁぁあああ!!」と分島はボールがぶつかる前からその痛みを想像して先に絶叫する。


 分島の右ケツを射抜くと思われたボールは、着弾する瞬間に止まった。

「何と!」父は驚いて一言漏らす。

 分島の前にはしっかりと開かれた何者かの手の平。そこで球はまだ回転し、やがては勢いを弱め、その手に握られる。

 なんと分島の前に飛び出したのはみさきであった。みさきは父の速球を素手で、しかも片手のみで止めた。みさきはキャッチした球を地面に落とすと流れるように移動し、これぞうと分島の間に立った。そして両者の武器を握った手それぞれを自分の片手で掴むとを強く捻り上げた。

「いたたたた!」

 これぞうも分島も痛みを口にして手にした武器を地面に落とす。

 ここでみさきは右手を振り上げると、開いた手の指全てを真っ直ぐに揃えて立てる。そしてそれを勢い良く振りおろした。その時、これぞうと分島の間に一筋の閃光が走った。みさきの手が振り抜かれた時、二人を繋ぐ手錠の鎖が切断されていた。鎖が切れたことで二人は共に尻もちをついた。なんとみさきは手刀で鎖を切ってみせた。


 ほんの3秒前までこれぞう、分島、父の三人で騒がしくしていた通りは一気に静まり帰った。その後5秒程、騒ぎを起こした三人は揃ってポカンと口を開けたまま何も喋れなかった。からっ風が場を吹き抜けるだけで一同の動きは止まっていた。

 そしてみさきが喋りだす。みさきは尻もちをついた分島に顔を向けた。

「私の教えた子全てが善人であると新任教師の私が言うのはおこがましいことです。しかしこの子に限っては絶対に罪を犯すことはありません!」

 みさきは分島に向かってこれぞうの身の潔白を叫んだ。

「はぁ……」分島は驚いてこれだけしか返せない。

 これだけの騒ぎを恐ろしいまでの身体能力を用いて一瞬で治め、そして最後に響かせるは鶴の一声。全てが鮮やかなみさきの言動を前にしたこれぞうは思わず口から「先生……格好良い……」と漏らした。そして次には「好きだ……」と続いた。

「え?」とみさき、次いで父も「え?」と言う。

 これぞうの小さな一声は皆に聞かれてしまっていた。


 その時、この場に割って入って来たおばさんがいた。

「ああ!お巡りさん!ちょっと!」

 おばさんは小学生低学年くらいの小さな男の子を一人連れている。  

 二人はまだ尻もちをついている分島の所まで歩いてきた。

「お巡りさん。空き巣じゃなかったのよ。おかしいと想ったのよね、だって何も取られてないんだもん。で、不思議に想ってた時にこの子が家に来てね。窓ガラスを割ったのはこの子の野球ボールだったの。ホラ、今この子が持ってるの。さっき謝りに来たからボールを返したのよ。ごめんね、買い物から帰って窓が派手に割れてたらか空き巣と想ってすぐに呼んだのよ」

「はぁ……つまり事件ではなかったし。これはもう解決したと」と分島はアホ面で返す。

「お巡りさんごめんなさい。おばさんもごめんなさい」とその男の子は頭を下げて謝った。

 みさきは男の子に歩み寄るとしゃがんで彼の頭を撫でた。

「ちゃんとごめんなさい出来て偉いね。でも危ないから野球はもっと広い所でやるんだよ」

「うん、分かったお姉ちゃん」

 男の子はみさきに頭を撫でられると笑顔で答えた。

「いいなぁ、僕も先生になでなでされたいや」とこれぞうは羨ましがる。

 みさきはこれぞうの方へ振り返ると「君は何か褒められるようなことをしたの?」とちょっと怒って言う。

「あ~あ、それがあれば良かったのですが、考ても褒められることをした覚えなんて何にもありません」とこれぞうはあっけらかんとして答えた。


 ここでみさきのお説教タイムである。

「お父さん、五所瓦君。何をしてたか分かってるの?お父さん、電車の定期券忘れてるでしょ。それを届けようと後を追ったら、通りの真ん中で警察と喧嘩してるなんて。どう出ていったものかとそこの角で様子を見てたらお父さんが人にボールをぶつけるのが見えたからもう黙って見てられなくなったわ!」

 これぞうと父は通りで正座し、みさきはその前に腕組みをして立って説教している。

「はぁ、しかしだね、そこで隠れて話を聞いてたなら分かるだろ。無実の罪で追い詰められている知っている子がいて、娘と私まで侮辱された。ならばぶつけるしかあるまい」

「何でよ!確かに腹が立ったかもだけど、そんな暴力振るっちゃだめでしょ!五所瓦君もよ!君も疑いをかけられて怒ったのでしょうけど、警官の額を割ればあなたの方が悪者よ」

 これぞうはこれをニコニコして聞いていた。

「先生は怒ってても可愛いや」

 彼のそれまでの怒りなどみさき先生への大いなる愛の前では塵芥に同じであった。こんな感じでヘラヘラして反省しないからこれぞうはこの後もっと絞られることになる。

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